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連載 創作小説「プレズムAI」(1)

連載 創作小説「プレズムAI」 檀 一二三

飛源元年、北極上空のオゾンホールは地球電離層表面の八分の一までに拡大していた。地上へ降り注ぐ紫外線は増加し、太陽から発生する地球上の磁場の変位は、あらゆる分野の通信情報の混乱をもたらし、株価下落など経済成長の大きな妨げとなった。急遽開催された主要二十六カ国世界地球環境会議で採択された地球保全対策は、オゾン再生の原点に返るという理念に基づくものだった。森林伐採及び畜産動物の育成規制の他、車は地上の道路を走行しないという採択である。最終的には条例細則において車両の一般道路走行は厳しく制限され、アウトバーンのみ使用可能と明記された。奇策として車両は地上五センチメートル浮上して走行するホバークラフト車へと移行した。その後車両の開発は急速に進み、EV車の車体は不燃パルプとカーボンとマグネシュームで成形され、その重さはかつての重量の十分の一以下となった。エンジンは小型軽量化が進み、車体はすべて多層型ソーラー蓄電パネルで覆われ、リチュームバッテリーの蓄電率は大幅に増大した。車は風力ターボエンジンを装着し、道路上部を推進するホバークラフト車から空中飛行車へと変遷していった。車両はそれぞれ電気総出力により飛行高さが規制され、上下前後左右の立体マトリックス上の軌道を飛行しなければならない。もはや空に浮かんでいた白い雲の眺めが懐かしい。上空に見えるのは無数の亀の腹部のような車両の底面だった。
西暦二千七十年、飛源十年、穂波順造は地球エネルギー開発公社E・D・Pを満百二十歳で定年を迎えた。その後三年間、公社のボランティア要員として地球環境エネルギーコンサルタントに従事することが内定している。給与は交通費以外ほぼ無給だったが、社内年金の支給により、贅沢さえしなければ通常生活は可能だった。
それにしても長い勤務だった。しばらく休養も欲しかった。在社中にはできなかった趣味などにも興じてみたい。妻十志子と旅行もしたいと思っていた矢先だった。
その年の春、十志子は一ヵ月前から寒気が続いていた。昨夜嵐のように吹き荒れていた風も朝方になると止み、前日霞んでいた遠くのビルが鮮明に見える。午前十時頃だった。野菜と魚と果物など三種類のチューブ入り朝食を済ませ、食後のティーを飲んで一息ついた時だった。十志子はダイニングテーブルに両肘を突きながら、
「あなたごめんなさい」 
「なんだよ、急に」
「私、お先に失礼していいかしら」
「お先ってなんだよ」
「もういいかなと思って」
いいかなと言えば、今や常識となっている細胞更新のことである。
「おいおい、それはないだろう。君も知っている通り、僕はあと数年でリタイヤだよ。せめて・・・」
順造は困惑した。十志子は掌で、すっかり白くなった自分の髪の毛を撫でながら、
「あなたも頭脳はしっかりしているし、私も同じよ。でも身体がついて行かないの。だからいろいろなところへ行ったり観たりできなくなってくるじゃない。そう、確かな感動はそれなりにあるのよ。それでね、私もういいかなと思って。あなたには悪いけどそうさせていただけないかしら」
退職後の楽しみは夢だったのか。十志子はすっかり縮んだ腰を折り曲げながら身辺整理を始めた。子供や親戚友人達と挨拶を交わし、半年後の秋、事前に登録してあったヘブンホスピタル、自己終焉病棟で先に逝った。三年後、順造はE・D・Pを退いた。西暦二千七十三年の春だった。寿命は金で購入できる時代である。更に寿命を延ばそうと希望するならば、IP細胞の体内細胞を更新していけばよい。ただし脳細胞の再生は可能だが、運動機能は脳ほどには活性化できない。心は若くても体力は徐々に衰えていくのである。トレーニングの他、老化していく細胞をアシストする優れたサプリメントもあるものの、順造はもうこれ以上の延命の必要性を感じていなかった。
順造の今欲しいもの、それは、
「AIアンドロイド・・・」

--(2)へ続く--
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キャフェ ド モザのマスターです!コーヒーと庭と花の愛好家です。「モザマスターの日記」を担当しています。
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