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連載 創作小説「プレズムAI」(1)

連載 創作小説「プレズムAI」 檀 一二三

飛源元年、北極上空のオゾンホールは地球電離層表面の八分の一までに拡大していた。地上へ降り注ぐ紫外線は増加し、太陽から発生する地球上の磁場の変位は、あらゆる分野の通信情報の混乱をもたらし、株価下落など経済成長の大きな妨げとなった。急遽開催された主要二十六カ国世界地球環境会議で採択された地球保全対策は、オゾン再生の原点に返るという理念に基づくものだった。森林伐採及び畜産動物の育成規制の他、車は地上の道路を走行しないという採択である。最終的には条例細則において車両の一般道路走行は厳しく制限され、アウトバーンのみ使用可能と明記された。奇策として車両は地上五センチメートル浮上して走行するホバークラフト車へと移行した。その後車両の開発は急速に進み、EV車の車体は不燃パルプとカーボンとマグネシュームで成形され、その重さはかつての重量の十分の一以下となった。エンジンは小型軽量化が進み、車体はすべて多層型ソーラー蓄電パネルで覆われ、リチュームバッテリーの蓄電率は大幅に増大した。車は風力ターボエンジンを装着し、道路上部を推進するホバークラフト車から空中飛行車へと変遷していった。車両はそれぞれ電気総出力により飛行高さが規制され、上下前後左右の立体マトリックス上の軌道を飛行しなければならない。もはや空に浮かんでいた白い雲の眺めが懐かしい。上空に見えるのは無数の亀の腹部のような車両の底面だった。
西暦二千七十年、飛源十年、穂波順造は地球エネルギー開発公社E・D・Pを満百二十歳で定年を迎えた。その後三年間、公社のボランティア要員として地球環境エネルギーコンサルタントに従事することが内定している。給与は交通費以外ほぼ無給だったが、社内年金の支給により、贅沢さえしなければ通常生活は可能だった。
それにしても長い勤務だった。しばらく休養も欲しかった。在社中にはできなかった趣味などにも興じてみたい。妻十志子と旅行もしたいと思っていた矢先だった。
その年の春、十志子は一ヵ月前から寒気が続いていた。昨夜嵐のように吹き荒れていた風も朝方になると止み、前日霞んでいた遠くのビルが鮮明に見える。午前十時頃だった。野菜と魚と果物など三種類のチューブ入り朝食を済ませ、食後のティーを飲んで一息ついた時だった。十志子はダイニングテーブルに両肘を突きながら、
「あなたごめんなさい」 
「なんだよ、急に」
「私、お先に失礼していいかしら」
「お先ってなんだよ」
「もういいかなと思って」
いいかなと言えば、今や常識となっている細胞更新のことである。
「おいおい、それはないだろう。君も知っている通り、僕はあと数年でリタイヤだよ。せめて・・・」
順造は困惑した。十志子は掌で、すっかり白くなった自分の髪の毛を撫でながら、
「あなたも頭脳はしっかりしているし、私も同じよ。でも身体がついて行かないの。だからいろいろなところへ行ったり観たりできなくなってくるじゃない。そう、確かな感動はそれなりにあるのよ。それでね、私もういいかなと思って。あなたには悪いけどそうさせていただけないかしら」
退職後の楽しみは夢だったのか。十志子はすっかり縮んだ腰を折り曲げながら身辺整理を始めた。子供や親戚友人達と挨拶を交わし、半年後の秋、事前に登録してあったヘブンホスピタル、自己終焉病棟で先に逝った。三年後、順造はE・D・Pを退いた。西暦二千七十三年の春だった。寿命は金で購入できる時代である。更に寿命を延ばそうと希望するならば、IP細胞の体内細胞を更新していけばよい。ただし脳細胞の再生は可能だが、運動機能は脳ほどには活性化できない。心は若くても体力は徐々に衰えていくのである。トレーニングの他、老化していく細胞をアシストする優れたサプリメントもあるものの、順造はもうこれ以上の延命の必要性を感じていなかった。
順造の今欲しいもの、それは、
「AIアンドロイド・・・」

--(2)へ続く--
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テーマ色 『一つの相違点』

「ダンさん」の1800字エッセー  テーマ色 『一つの相違点』 200826(水) ダンヒフミ

 面白くない話題を考えようと試みる。そう考えていると思考が迷路に入る。迷路に入ると思考の悪魔と同化する。同化すると面白くないことが面白くなる。そうなるともはや変人と呼ばざるを得ない。変人は、実際には面白くないのに自分だけが一人面白いと思うので、周囲から変な目で見られる。更に書き続けると周囲から疎外される。そういう日が続くと鬱になる。鬱になると薬を飲む。薬を飲むと気分が良くなり元気を取り戻す。元気になると何かしたくなる。何かしても薬の効用で疲れの程度が理解できない。気分が良いのでとりあえず机に座ってペンを持って物書きをする。主題も決めず取り留めなく書き続けるうちに脳の思考は悪魔と同化していく。思考はもはや迷路の中にいるのである。今まさにその状態にありながら、随筆のテーマ「色」についてあれこれ考えていた。隣人から疎外されつつも、思考は迷路の領域にあり、やがて脳の核へ侵入すると突然変異を起こす。
 そこで最初に思い浮かんだのが『色情』だった。確かに色ではあるが、品性に欠けるので出来るだけ避けたいところである。江戸時代に書かれた草双紙『好色一代男』などは、題名からして興味深い。同じ言葉でも『色魔』などはもはや死語に近い。『色欲』に至ってはいずれ忘却へと向かう。『性欲』はホルモンに比例し、その分泌量の多い時期はコントロールに苦労する。徐々に気が重くなってきた。話題が暗い。もっと楽しい話はないものだろうか。そういえば好きな色があった。ずっと昔から紫色が好きだった。花で例えるとショウブやアヤメなどの色である。紫色はどちらかというと、神社仏閣の幕や衣など、神事によく使用されることが多い。お清めの色、又は神聖という意味合いで知的なのかもしれない。紫で湧いてくるイメージもある。紫式部さんと言えば紫を思い浮かべるが、あくまで勉学の域ではなく、イメージの世界である。紫に憧れることに変わりない。また薄紫色においては、観ているだけで心がロマン化する。ロマンが脳内を独り歩きするのである。例えばライラックの花は恥じらいのロマンとなる。枝先に無数に広がる小粒の花びらに顔を近づけると、鼻孔にかすかな香りを感じる。その微香なところが実にいい。奥ゆかしい香りは瞬時に感情の 覚醒を始め、しいては花に恋をし、空想のロマンが心を支配するのである。
赤色にも好きな色がある。彩度の高い赤よりも、むしろ僅かに紫の入った赤色がいい。服飾の世界では、ほどよい赤色は、独自性のあるブランドとなる。
 困難な色の再現と言えば黒色かもしれない。微細な紺あるいは緑色を混入した黒もある。冠婚葬祭の黒色は庶民的な黒と言える。アルマーニの黒色はハイソサエティーで魅力的に見える。同様に山水画の黒色は心が穏やかになる。勿論画家の筆力にもよるが、墨色自身の持つ感性によるのではないだろうか。そういえば色の三原色の赤、緑、黄を混ぜると黒になる。有彩色を突き詰めていくと黒になる? 論点は飛躍し、すべての有彩色は行きつくところ黒色となり、暗闇となって色そのものを消失していく。もはや色は瞑想の世界へ誘われていく。
 『色』という原語の意味を別の視線から思考してみた。思いついたのは『色即是空』という古典的な仏教詩。漢詩をそのまま読むと、『即ち色はこれ空』となる。仏教哲学の中でも最も難解な一節ではあるが、色はあるが見えないという。ここでの『色』は色彩の三原色ではなく『物』、つまり物体や形を意味している。言い換えると、形は見えないものということになる。つまりこの場合、色は人の観念の中にあり実際には見えない。
 ところがその色が見える場所がある。ほぼ人の肉体が死に近づく時におよそ見えてくる光や景色である。その景色は、人の生命力の限界に近い所に存在する。金色(こんじき)の神々しい光と、美しい花の中に包まれるらしい。一度死亡して、その後、奇跡的に生き返った人の話に多く聞かれるという。実際に見たことはないので確信は持てない。スポーツのアスリートの間では『ヘブン』と呼ばれ、静寂で崇高な世界と聞いている。これも体験したことがないので本当のことは分からない。
古来人はこの光に憧れた。それほど美しい所ならば、できれば生きながら観てみたいという願望が出てくる。願望はやがて『即身成仏』への道へと繋がり、生命の永遠の課題となった。難解な世界なので深くは語ることが出来ない。ここで筆を止めよう。筆者にとっても読者にとっても時間の浪費に近い。しかしながら一つの相違点がある。唯一筆者は至福の世界にいたのである。(ダン)

健気(けなげ)さ 檀桃源

エッセー 「健気(けなげ)さ」 200825(火)晴れ 檀桃源

 久しぶりの散歩だった。陽が落ちるのが随分早くなった。西の空を見上げるとまだ昼の明るさが残っている。そうだ散歩に行こうと思い付いたらもう、ゆっくりとしていられない。いそいそと車を出し、向かったのは一本松だ。三滝川上流にある川沿いの散歩道の終点に立っている木、それが一本松である。
 既に野山は夕闇におおわれようとしている。散歩道は行き交う人も少ない。途中老夫婦とすれ違った。
「涼しくなりましたね~」
「ほんとですねー」
挨拶の声が風に流された。

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 夏の間日照りが続き、すっかり干しあがった川の岸辺に立ち上流を眺める。剥き出しになった白い石や砂の間にできた小さな水たまりが、所々空を映して光っていた。その水場に群がる水鳥達の生きる姿に、厳しさと健気(けなげ)さを感じる。

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 川床に溜まった水には黒い藻が生え、決して美しいとは言えない水たまりを覗く。行き場を無くした小魚の群れが、身を寄せ合いながら泳いでいた。

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 狭い水たまりの廻りには水鳥達が群がっている。鳥は急遽現れた餌場を確保していたようだ。魚たちは徐々に上昇する水温にたえながら、いずれ野鳥の餌となるか、川砂の底に埋もれるのかその未来は想像できない。わずかに残された水中で右往左往する魚たちの姿に、運命の悲哀も感じないのは非情というのだろうか・・?
 良い散歩の出会いだった。

 明日もおげんきにお過ごしくださいませ。

夢 「二人の男」 

「ダンさん」の1800字エッセー  テーマ夢 「二人の男」  ダンヒフミ

 男は還暦を迎え会社を退職した。あと五年勤続を勧められたがとりあえず断った。名前を望出翔(のぞみで しょう)という。翔君は、体力よりも気力が衰退していた。あまりにも長く関わってきた会社のクレーム処理に疲れたのである。しばらく休みをとってから、旅行を楽しみたいという希望を持っていた。入社以来の同期の友人にそう話したら、自分も旅行に行きたいと言って一緒に会社を辞めた。友人は叶結芽造(かのう ゆめぞう)という。退職してまもなく、結芽造君の体調が悪くなり、二人で旅行には行けなくなった。あっけない老後の希望に翔君は落胆した。しかし翔君の希望は他にもあった。健康でありたい、或いは彼女が欲しい、出来ればお金も欲しいなどなど。希望は年齢が増すごとに強くなっていく。希望はあるのに夢がないというのは何かがおかしい。昔少年よ大志を抱けという座右の銘を聞いたことがある。しかし老後はもはや大志を抱かない。大志を持つとそれを支えてくれる周囲に迷惑をかけるからだ。慎みを持って生活をしなければならない。むしろ夢を持ってはいけないのかもしれない。翔君はそういう考え方は余りにも空しいと思った。夢がだめならせめて希望だけは大きく持とうと思った。そこでこの自由な時間を一緒に楽しむ彼女を作ろうと思った。しかし長年仕事ばかりしてきたので、異性との交際は得意ではない。翔君はとりあえずカラオケで今流行りの歌の練習をした。歌は得意ではないので曲のレパートリーも増えなかった。酒は弱かったが、お酒の種類も少し覚えようとスナックにも通った。すぐに酔うので覚える所まではいかなかった。スナックのスタッフが若くて可愛かったので楽しかった。その分費用も嵩み長くは続かなかった。それでも彼女が欲しかったので、会員制の合コンにも行った。参加者は結婚又は再婚希望の人が多く、友人として付き合う希望の女性は少なかった。翔君は希望の範囲を縮小した。カラオケは誘われたら付き合う程度、宴会の酒はコップ一杯で場を盛り上げる。合コンはあえて避け、グループ旅行は出来るだけ参加するように心掛けた。おかげで仲の良い女性友達もできたが、友達以上でも以下でもなく、彼女までには至らなかった。それでも以前より楽しくなったから翔君はいいと思った。翔君の希望は現実となったのである。
ところで友人の叶結芽造君はその後どうしているのだろう。彼の病気はやはり仕事のストレスが原因だった。そこで結芽造君は長野県のある温泉付き保養所で三ヵ月ほど療養することにした。空気も新鮮で、味噌や豆腐など自然食材の料理も懐かしい味がして美味しかった。長湯はせず、朝昼晩と一日三回温泉に浸り、体調もかなり回復した。切望していた旅行もそんなに行きたいと思わなくなった。温泉療養を終え、結芽造君は自由な時間が増えた。読書や工作、園芸など勧められても興味が湧かない。一層のこと知合いの薦める新興宗教に入り、心の糧を求める案もあるかもしれないが、その先の世界に老後の輝きを感じない。困り果てていた時、夏のジャンボ宝くじが脳裏に浮かんだ。結芽造君は退職金で夢を買おうと思った。元来勝利確率の悪い宝くじは性に合わなかった。おそらく仕事でも一貫して正直さと堅実な性格で通した結果、無理が重なり身体を壊したに違いない。三ヵ月間の温泉療養で健康を取り戻しふっと夢を描いた宝くじ。たまたまあった自由な時間と僅かなお金を持って名古屋に出かけた。初めてのクジの購入店には拘った。簡単に地元で済ませてはならない。人口の多い大都会で買おう。購入する金額は控えめにして、通し番号で十枚、バラでニ十枚とした。問題は購入する場所だ。とりあえず名古屋駅前の地下街に向かった。そこは地下鉄の乗車客や商店街の買い物客で溢れていた。チケット購入客らしき人が売店の前に途切れなく立っていた。結芽造君は売店から少し離れてしばらくその様子を凝視した。窓口には人が絶えないが、ある時期だけ空白になる時がある。結芽造君はすかさず券を購入した。
それから半年が過ぎた。すっかり忘れていたある日、古い新聞を開けたら宝くじの番号が掲載されていた。なんと一等と前後賞が当たっている。心臓が止まりそうになった。結芽造君は思った。このクジのことは誰にも話さないでおこう。当たったお金は全部貯金して、生活はこれまで通りにしようと。そして後日、結芽造君は勝因を振り返ってみた。まず夢を描く。曖昧な気持ちで行動しない。集中する。他人に話さない。無駄使いしない。
結芽造君は学んだ。夢は敏感でシャイであると。

ー了ー

北斗元年の夕日

「モザマスター」のフォトポエム 北斗元年の夕日 200823(日)晴れ

今日の日曜日は、いかがお過ごしでしたか?
昨日と比べ一気に涼しくなりました。今日の風はまるで秋でした。風を涼しく感じるのは体温より風の温度が涼しかったのでしょうね。
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今日の夕焼けです。
毎回夕焼けで、変わり映えしなくてごめんなさい。
でも、少し視点を変えて観てみます。


創作エッセイ フォトポエム 「夕日」 北斗元年 西暦弐千九百九拾九年 初秋

『変わり映えしない空。それはいつも美しかった。カメオブルーの色は宇宙の果てまで広がっていた。ねぐらに帰ろうとする大シラサギの親子。今まさに闇が迫ろうとしている上空を、鳴き声を上げながら過ぎ去っていった。
「ママ、まってーー」
「ボクちゃんしっかり飛んでー。おかあさんはここよー」
確かにそう聴こえたのだ。
西の空に描かれた三つの白い筋雲。まるで川の字にみえた。
かつて宇宙飛行士が宇宙の果てから伝えたメッセージ。「地球は青かった」という言葉が懐かしい。今や変化した空の色。夕焼けは真っ赤な炎の燃える色だ。その地上に到達する太陽の熱波の中は、もはや生物の生きる可能性は少ない。
密閉された高断熱性の箱の中からじっと夕日を眺める』

ー了ー


変わり映えしなかった今日の夕日は、未来において貴重な一日になるかもしれません。
明日も元気にお過ごしくださいませーー。

<モザマスターの日記>

1800字エッセー 「平成」

「ダンさんのエッセー」 1800字エッセー 「平成」 200822(土)晴れ

ダンさんの1800字エッセー集です。
陽が和らいだのかシオカラトンボトンボを見かけるようになってきました。
しかしまだまだ安心して外には出かけられません。従ってダンさんのブログもネタ切れになってきています。早くどこかに出かけて、新しい空気や景色に癒されたいものです。今日からは過去の同人誌に掲載されたエッセー選集を順次アップしていきたいと思います。
どなた様もお身体にお気をつけながらお過ごしくださいませ。

エッセー 
「平成」 ダンヒフミ

運が良かったのかどうか、昭和と平成の時代を過ごしてきた。運が良かったというのは、日本が戦後の壊滅的などん底から這い上がってきた時代に、幼少期を過ごせたことである。昭和二十年頃、なぜか日々は常に空腹で、下校の時には決められた通学路を歩かず、わざわざ回り道し、野山の食材を探しながら帰宅していた。親たちは肉体的な疲れの残るなか夕飯の支度をする。七輪の火起こしから始めるとなると料理にも手間がかかる。子供の主な仕事は普通勉強ではあるが、とくにやったという記憶がない。基本的には遊ぶことと、少しだけ家の手伝いをする。その手伝いをしないと生活がうまく起動しない。分担や役割で不都合が出ると、当然父親のげんこつが飛んでくる。父親の馬革製の兵隊バントの仕置きは子供には特に怖かった。子供は夕飯までに、近くの井戸から事前に水がめに水を汲んでおく。背が低いので桶が地面を擦って手を焼いた。離れに飼っているヤギの餌は夕方までにやる。近くに生えている雑草で、春は若草が身近にあるが、秋深くなると雑草は枯れてきて、徐々に遠征することになる。ヤギは腹を空かすと親の帰宅を知るや否や、メーメーと泣き出す。飼い主の主に空腹の現状を訴えるべく鳴いて知らせるのである。餌やりをサボった子供は、すかさず小屋の中に入り、ヤギの傍に寄り添い、鳴くんじゃないと膝で横腹に蹴りを入れる。ヤギは痛いので鳴き止み、空腹を我慢をしていた。なんと可哀そうなことを・・・。しかしながら、一日の労働を終えた父親は疲労のせいで、げんこつが出やすくなっている。ヤギには今日のところは我慢しろと無言で伝える。それでも悪いと謝った記憶はない。誰もが何事も耐えるという生活姿勢こそ、家族の証しと思っていたのであろう。
時間があれば週数回も沸かすことのない風呂の燃料の調達は子供の役目だった。燃料は古材や石炭で、高床になった縁の下の在庫を確認し、不足してくると、手作りの木製の台車を片手で引き摺りながら、上を向いては空の雲の形を眺め、下を向いては地面に落ちている鉄屑などに目配せしながら収集する。雲はドラマチックに浮遊し、鉄屑はある程度集まると屑屋に売って小遣いにする。燃料は決して盗んだりはしない。一度近所の家の庭の柿を盗んで食べ、家主に捕まった時には、父親にこっぴどく叱られ、夕方家主に一緒に連れて行かれた。盗みは親の恥だったに違いない。それ以来近所の庭先になった柿は盗まなかった。空腹は日常茶飯事で、誰もいない山の中の柿は存分に食べた。たまたま畑に来ていた地主に見つかり、その時は一目散に逃げた。その晩ゆっくり寝れなかったと思う。不思議なことに、そのころ宿題をした記憶がない。
授業中はいつも窓の外を眺めていた。小学校は山里の、なだらかな傾斜する中腹の広場に建っていた。春には雑木の森の新緑が輝き、夏は広葉樹の濃厚な緑が強い光を放っていた。秋は起伏に沿って、数百色もあろうかと思われる紅葉が、絨毯のように広がっていた。授業中は勉強どころではない。その美しさに窓の外の景色に見とれていた。午後校舎の窓から差し込む秋の日差しは、特に緩やかだった。音楽の時間のオルガンの響きは秋の空に広がり、子供の心を優しく包むのであった。
なんと幸せなことか。
悲壮感など全くない。
昭和はむしろ幸せだったに違いない。

歴史上明治の政変は劇的だった。自己の存在の象徴だった髷と刀を、精神と共に喪失した。
それから大正昭和平成と時代は進み、150年が過ぎた。
過去の歴史の中では不幸な出来事もあったが、良かったこともある。幸せなことに、平成時代には戦争がなかった。
平成が終わろうとしている今、情報社会の進歩は著しいものがある。幸か不幸か、情報は一瞬のうちに世界に広がる。グーグル地図では、緯度と経度によりピンポイントで物体を確定することが出来る。ある意味個人は監視され、逃げることが出来ないという観点から恐怖でもある。光速に近い膨大な情報の拡散は、国境を越えて入り乱れる。
得意の妄想癖が始まった。
もはや近未来は国境の概念は過去のものとなり、自国の法規制がコントロール不能となる。しいては地球の国々は、宇宙のダークマターのように大国に吸引され、大きな塊りとなる。やがて未来の地球には単一の国がなくなり、住居表示は地球一丁目一番地から始まる。社会の最少単位である家族という核は分散し、その存在の価値も問われなくなった。
人々は平成の平和を懐かしむのである。

スイカと熊蜂

スイカと熊蜂 200819(水)晴れ

 猛暑が続くと野菜が枯れる。枯れるという言い方は野菜にとって無礼だと思う。枯れるというよりも、「では、失礼」といった感じだった。蔓の足元には枯れた部分の気品のある赤茶けた葉が、そして穂先に伸びるやや緑の葉は、まさに子孫を残さんとしているのか。枯れるというよりはむしろお役目御免と言った感じがしてならない。

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 スイカを植えたのは確か初夏だった。実りの時期をお盆に帰省する孫たちに合わせたつもりだった。スイカの花が咲いたら受粉を手伝わなければならないと野菜の本に書いてあったが、あえて自然に任せた。夏の盛りに咲いたスイカの花の廻りを蜂達が群れていたからだ。印象的だったのは熊蜂。彼らの身体は色が黒くて大きい。その太さはミツバチの二倍はあるだろうか。胴体ははち切れんばかりのボールの形をしていた。一見とても強そうで近寄る気がしない。それでもって愛らしくスイカの花の吸うのである。強面(こわもて)の優しさというのか、その芸術的なアンバランスに見とれたものだ。
 苗を植えたのは二種類で各々二株だった。合計四株になる。収穫時期を盆の時期とその後にした。一度に収穫すると食べられないとか思ったのだろう。初めて作るのに欲深い計画だ。畑に苗を植えてしばらくすると花が咲いてきた。午前九時頃までに三つ目の花の雌しべに雄しべの花粉を付けるとか? 気温が上がると雄しべが弱るからとガイドブックには書いてあった。 まあいい。そこは熊蜂達に任せようと思った。頼りになる蜂に見えたから。一苗から伸びた蔓は二蔓。一蔓に咲いた花はざっと十片とすると、二苗あるので咲いた花弁は四十片となる。数えてはいないの凡その話だ。

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 しかし実際に実ったのは一個。確率は四十分の一になる。二・五%である。概算としても収穫率が良くない。光熱費は太陽光で無料としても、原材料と水道費と労務費を考慮すると原価率はいかほどになるのか。このスイカは一体いくらに相当するのだろう? 考えただけでも愉快だ。無骨で美しい熊蜂といい、スイカの蔓の地面を這う姿といい、日照りの強い日の夕方に水を遣る気持など、物をを作るというのは趣味であれば、いくら原価率が悪くても心の満足度は高い。豊作の喜びは確かに大きい。しかしたとえ凶作で悲しむことは何も無かった。育てる慈しみはお金には代えがたいものがあったからだ。

PS
 創作小説「戸森元」が終わりました。退屈に耐えながら読んでいただいた皆様には感謝いたします。この後どうしようかと迷ったのですが、次回からはしばらくエッセイ短編作品をいくつか掲載しようと思います。それらは同人誌「きなり」に掲載された作品です。
 コロナで思ったように外出が難しい状況にある中、ブログの話題が激減しているこの頃です。少しでも気分転換なれば良いのですが・・・。

完結編「戸森元」(7)フック

完結編「戸森元」(7)フック ダンヒフミ

前編(6)の荒筋 
開業して三年、元は不動産協会の副会長に推薦された。ある日来社した客らしき一組の男と女。男は東京の弁護士で女の代理人と称し、同席していた女は地主と紹介された。元は土地の評価額は数億円の価値があると判断した。急遽買取のために銀行に融資をとりつける。三十五年返済である。

(7)フック(hook)
翌週の金曜日、場所は前回と同じホテルの会議室だった。紫檀柄の長いテーブルに片側六席、両側で十二席の肘(ひじ)掛け椅子が並んでいる。一番奥に座っていた弁護士の桑田庄司が挨拶に立った。
「このたびはお忙しい所、脇沢久魅子様御所有の土地売買契約にご参加頂き誠にありがとうございます。既に会合前に御名刺の交換も済ませて頂いたところですが、改めて私、東都霞ヶ関弁護士事務所桑田が進行を務めさせていただきます」
必要な書類はお互いの内容を確認できるように事前に配布してある。隙のない契約進行だった。
「戸森様すみません、この委任状と同意書に印鑑を押していただけますか? 三部あります。お手数ですがよろしくお願いいたします」
司法書士の熊貝宗准が書類を差し出した。元は不動産契約書の書類に印鑑を押し、平静を装いつつ地主の脇沢久魅子に質問した。
「脇沢さん、今お持ちの土地ですが、その地域は弥生時代の古墳がよく出るというお話をご存知ですか?」
唐突な質問に、脇沢久魅子は天井を見上げていた瞳を元の方に向けた。
「ええ、存じ上げております。特に四滝川、海淵川の下流域は古墳跡が多いことは、高校時代に郷土史で習った記憶はあります」
オクターブ高い声だった。
地主である脇沢は当初から無表情だった。代理人の弁護士にすべてを任せている。むしろ手持無沙汰だったのかもしれない。元は質問を続けた。
「初めて当社でお会いした時、卒業は黒潮高校とお話しされていましたよね。第二十二期卒業生で昭和四十五年度とお伺いしておりますが、当時の英語教師の前田義明先生はご存知ですか?」
 元は事前に黒潮高校の卒業生名簿を精査していた。
「ええ、名前だけは存じ上げております」
「ゴホン」
部屋の隅の方から男の咳が聞こえた。弁護士の桑田だった。すかさず、
「すみません。この印鑑が少し薄いようですので、念のために押し直していただけませんでしょうか」
司法書士の熊貝が用紙を差し出した。
僅かな不信感が湧いてきた。当時の英語教師は池谷龍治といい、著名な英国戯曲翻訳家だった。その知名度は国外でも高い。 
「彼女の勘違いかも・・」

手続きが始まった翌日、弁護士の桑田から電話があった。通常書類の不備がある場合は、司法書士の熊貝から連絡が入る。
「昨日はお忙しい所お世話になりました。今日ご連絡差し上げたのは、当該物件に関する新しい経済情報で、明日発売の週刊経済誌『イザラ』のトップニュース『三重県経済特区開発計画シンポジューム』についての記事が掲載されます。詳しくは『イザラ』を見て頂きたいと思いましてご連絡申し上げました。手続きの方は司法書士の熊貝の方に進めさせております。よろしくお願いいたします」
「あ、それはどうも御親切にすみません」
東京の弁護士から丁寧なことだと思いつつ電話を切った。翌朝、元は『イザラ』を読んだ。現経済大臣岩城功氏の『日本経済特区の展望』についてのインタビューが掲載されていた。内容は三重県経済特区にも触れている。その特区は今回取引物件の近くらしい。確定した政策内容の記事ではないが、二千十六年の主要国首脳会議(サミット)開催地であった知名度を生かし、三重県を中部圏の経済産業流通のハブ的役割にしようというシンポジウムのようだった。いずれにせよ、当該物件の将来の展望が垣間見えた。元はその記事を読みながら心が躍った。翌日の夕方再び弁護士の桑田から電話があった。
「戸森さん、『イザラ』は見て頂きましたか? そうですか。それでですね、手続きは順調に進んでいますが、実はその記事を見て、東京在住の知り合いが物件に興味を持ちまして、なんとかならないかと言ってきましたが、僕は無理だといって断りました。彼は薮谷という僕の友人で、物件は現在登記中だと申し上げておきました」
常識を疑う電話だった。わざわざ買い手に連絡するような情報ではない。東都の弁護士は何かが違う?
後日土地代金の支払いと同時に、司法書士による所有権移転の手続きが始まった。予定では四日後所有権移転登記と同時に権利書が出来上がる。しかしながら元は思った。
「いずれにせよ、手続きはすでに済ませた」
四月の二週目だった。その日はいつもより早い帰社だった。パート従業員は四時に退社するので事務所には誰もいない。社内電話は携帯電話に転送するようになっている。テレビのスイッチを入れると午後六時のニュースが流れていた。
『三重県八日市市で不動産詐欺集団の一部が逮捕されました。容疑者無職桑田庄司・六十五歳は、容疑を否認し、他四名の容疑者のうち熊貝宗准・五十六歳と脇沢久魅子・六十七歳は容疑を認めています』
元は背筋に火花が走った。桑田庄司は今月初めに売買契約を済ませた物件の代理人を務めた弁護士で、脇沢久魅子は物件の所有者である。熊貝宗准はその手続きをした司法書士だった。
「何かの間違いに違いない」
信じがたいニュースだった。元は社内の金庫に保存してある登記簿謄本を確認した。間違いなく所有者は戸森元になっている。
翌朝法務局で物件の登記簿謄本の閲覧を請求した。地主は森脇宗右衛門となっていた。明治時代にさかのぼる古い登記簿謄本のままだった。
「地面師だ・・・」
思い返せば、東都霞ヶ関弁護士という曖昧な所属名、同時に立会した仰々しい肩書の面々、週刊誌『イザラ』の経済特区に関わる現経済大臣の対談記事など、周到に演出された劇場型詐欺集団と気づいた。犯罪グループの数人はすでに海外へ逃亡したという。売買契約時の書類のすべては精巧な偽造だった。契約時に立ち会っていた人物との連絡はすでに途絶えていた。
翌月五月からローンの支払いが始まった。
三か月後不動産ドットインは不当りを出して倒産した。
紅葉の美しいころだった。

― 完 ―

無責任な終わり方で申し訳ありません。
いずれこの続きは書きたいと思っています。
御案じはご無用でございます。戸森元は不滅です。

戸森元 完結編(6) 洞察 

創作小説 「戸森元」 完結編(6) 洞察    ダンヒフミ

(4)(5)の荒筋  元はきみ子と同棲を始める。一年後会社を退職し独立し『不動産ドットイン』を開業した。一年半後子どもが出来、早々に籍を入れた。

(6)洞察 
月日が経つと共に取り扱う物件は多くなってきた。
独立開業してから三年目、令和元年の春を迎えた。
元は『東八日市みさき不動産協会』の副会長に推薦された。協会の役割は、都市計画等の法律改訂に関する資料の配布の他、及びその補足説明や物件等の情報交換だった。子供は満一歳を迎えていた。家族愛に包まれた日々だった。
その日は風のない穏やかな一日だった。午前十時ころ事務所の前の駐車場に白のレクサスが入って来た。助手席には婦人が乗っている。ゆっくりとハンドルを切り返し、バックで車庫入れを始めた。サイドブレーキを踏んだのか、婦人の肩が少し揺れた。事務所にいた元はその車から目を離さなかった。男は七十歳前後に見える。
「・・上客かも?」
男の視線は店の外観と玄関廻りに注がれ、ドアの前で立ち止まった。先日自動ドアにリフォームしたばかりの引き戸が開いた。男は体を少し横にして、後ろに続く婦人の入店を促した。男は凡(およ)そ白髪で、その振舞いには気品さえ感じられる。 
「いらっしゃいませ。どうぞ」
男は身長百七十センチメートルぐらい、カシミヤのハーフコートを脱ぎ、紺色の背広の内ポケットから名刺を差し出した。
「東都霞ヶ関弁護士事務所の桑田庄司です」
名詞には銀色の弁護士マークが刻印されている。桑田は同行した婦人を紹介した。婦人は脇沢久魅子、現在奈良県奈良市法輪寺町に在住、三重県三重郡旭町大字磯崎字牟田の土地約九千九百平方メートル(十反)の所有者で、相続した土地を売却したいという。
「私はこのつど脇沢様の相続手続きの一環として、土地売却の代理までの依頼を受けました。これは委任状です」
元は提示された専任委任状と、土地の公図と登記簿謄本の写しを見ながら、
「すみません、私どもの会社を選んでいただいた訳は?」
「はい、実は脇沢様は黒潮高校の第二十二期卒業生です。その後輩となる戸森さんは、物件所在地である磯崎方面に詳しいと伺っております」
牟田は二級河川、員部川河口沿いの葦の茂る不毛の地である。しかしながら牟田界隈は西中央インターチェンジにも近く、第二名神道路や名古屋城駅方面へ向かう首都高速とのアクセスも良い。バイパスなどインフラの発展性を考慮すると、物件の将来的資産価値は高い。
元は初対面の顧客については深い洞察を怠らない。例えば歩く職種の場合は靴の踵が摺り減り、安価な靴はたとえ磨いてあったとしても光沢に深みがない。黒皮は堅実派で、グレー色は慎重派に類する。靴先が細い場合は自己顕著欲が強く、馬蹄形のデザインは個性派で頑固者に多い。靴は人格を表すことを元は認識していた。また初対面の相手の目線やその流れ、あるいは立った姿勢には人の性格が出る。その他歩く姿、歩幅、脱いだスリッパや靴の置き方、私設駐車場での駐停車の仕方、親しげな話し方などから、対面する相手の隠れた性格を推測する。 
元は二人の醸し出す品格に、説明しがたい違和感を持った。気になったのは少し斜め向きになった男の着座の姿勢である。その斜め気味の姿勢、即ち半身は相手に隙を見せない構え、つまり友好よりも防御の姿勢となる。
どんな商売においても契約金額の最終金を集金して商いは成り立つ。その商いには欠かすことの出来ない人間観察だった。
代理人という男との商談が始まった。元はその物件の造成後の建造物を含めた評価額は、数億円の価値もありうると推測した。久しぶりに取り扱う大型物件だった。仮に現状で仲介した場合、買い手はすぐに付くと直感した。条件さえ合えば直接買取りも考えられる。
打合せは市内の『アトランティックホテル』の二階第一会議室だった。地主側の出席者は、岐阜県関野郡志垣町元連合自治会長福本了、三重県経済特区誘致協議会会長増井徳次郎、名古屋城港湾司法書士熊貝宗准、東都霞ヶ関弁護士事務所桑田庄司、土地所有者奈良市法輪寺町在住脇沢久魅子の五名。買手側は『不動産ドットイン』戸森元と、その立会者東八日市みさき不動産協会会長杉田雄三の二名だった。
元は売買価格の交渉を始めた。相手の示した希望売却価格は六千三百万円だった。元は物件所在地の地域的環境と河川敷の崩壊や伊勢湾岸の津波災害などを考慮して希望売却価格の七割を提示し、結果四千五百万円で談合が成立した。
元は数日後、地元老舗銀行と融資の相談をした。東京オリンピック・パラリンピックの経済効果に伴う高層マンションの需要の可能性も説明した。東海百一・八日市中央支店長川本桂冠の呈示した融資条件は、総額八千五十万円、三十五年返済である。元の計画した土地建物の見積相当額だった。大きな賭けだった。連帯保証人は元ときみ子の父親二名である。ミスは絶対に許されなかった。
 
-(7)へ続くー

車と夕日

車と夕日 200817(月)はれ 午後から風あり

気になっていた草刈り、夕方からやっと済ませました。ついでに大きくなった気の枝払いも。
心も見た目もすっきりとしました。

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風は山の霞みを吹き飛ばしてくれました。
そのせいか、今日の夕日はとてもきれいです。

今日も一日、
お疲れさまでしたーー。

一年で最も安らかな日

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お盆が終わりました。
一年で最も安らかな日でした。

完結編 戸森元 (4~5)秘密

完結編 戸森元 (4~5)秘密 ダンヒフミ

(2~3)の荒筋
元はきみ子を二回目のデイトに誘った。直感といって同棲生活を申し出る。あまりにも唐突なことできみ子は戸惑いを駈け瀬なかった。

(4)秘密
きみ子と一緒に生活を始めたのは、猛暑の続く八月の初旬だった。鳩森公園の南側に立つ十二階建ての『マンション・サンロール』で、家具の整理に追われていた。
「はじめさん、写真はテレビ台の横でいい?」
同棲に至った要因は、きみ子の結婚観にあるといっても良い。結婚を前提として一緒に生活をする場合、まず安定した収入と、社会に向き合う姿勢などが必要だと思う。大企業のような将来性は少ないとしても、人としての尊敬は感じられる。交際している時には予期出来なかった事情や性格などがあるかもしれない。その場合は同棲を解消すれば良い。考えてみればそれはそれで悪くはない。きみ子はまだ若い。やり直そうと思えば出来ないことではなかった。

日当たりの良さに魅かれたマンションだった。築後三十一年と少々古くはあったが、入居前にリフォームも終わっている。八階の南側に面する五十三平方メートルの二DKのアパートだった。八日市駅から徒歩十分ほどの距離で、ショッピングモールや博物館も近い。小さな生活用品はほとんど百円ショップで揃え、大きな家具は少なかったが、引っ越しは専門業者に頼み午前中に終わった。南側のダイニングキッチンと続きの六畳の和室は、来客の時に都合良さそうな部屋だった。
前日豪雨を伴った台風は一夜で明け、空には入道雲の端が銀色に光り輝いていた。前住人の置いて行ったらしい真新しいレースのカーテンが涼しげに揺れていた。とりあえずクリーニングに出すか、或いは落着いてから買い替えればよい。そんなことよりも、
掃き出し窓から、ビルの屋根越しに見える伊勢湾の眺めは無条件に解放的だった。風が止むと部屋の中は急に蒸し暑くなる。クーラーが付くのは一週間先らしい。今日から二人の生活が始まる。室内の整理も済み、夕方になってほっと一息つく頃、きみ子に笑顔が戻ってきた。

元はきみ子の両親に相談もなく同棲していることに小さな引け目を感じていた。元は自分なりの成功を成し遂げ、二人の両親にも認めてもらいたい。同時にきみ子にそばにいて欲しいとも願う。そうであれば同棲などせずに、結婚して二人の家庭を築いても良いのではないか。しかし元はきみ子を幸せにするという自信がなかった。元は結婚に踏み切れなかったのである。しかしこれだけは伝えておきたかった。
「君が僕を御両親に合わせたいというならいつでもいいよ」
きみ子の瞳が輝いた。
「ほんと?」
「例えばだけど、その時子供が出来ていたら親が喜ぶかもね?」
「えっ? 私たちの子供?」
きみ子は座卓テーブルの上に身体を乗り出した。
「そうだ、子供だよ、子供が欲しい。子供が生まれたら僕たち二人の両親に会わせよう」

(5)独立
同棲して一年が過ぎた。
残暑の残る九月の初旬だった。路面には陽炎が揺れている。社内では元ときみ子の関係はすでに知れ渡っていた。同時に同業者や顧客などの間でも噂が広がりつつある。もはや不動産『クラヤ』の退職はやむを得ない。元は次の職場の選択を迫られた。
残された道は独立しかない。
「きみ子、僕は会社を辞める。前にも君に言っていたけど事務所の準備は整っている。出来ればだけど、君に新しい会社の手伝いをして欲しい」
いずれにしても退職は避けられない。しかし退職したとしても従来通り安定した月収を確保しなければならない。子供も出来るだろう。
「はじめさんごめんなさい。もしもよ、お給料が入らない時には、私どうすればいいの?」
元はきみ子に自分の決心を伝えた。
「出来るだけがんばって欲しい。僕は君を必ず守るから」
「私、はじめさんを信じていいのね?」

八日市駅から車で十分ほどの団地、希望が丘の県道沿いに事務所を設けた。土地は小規模だが、昨年裁判所の競売物件を落札したものだった。広さ五十平方メートル(約十五坪)で市場価格の四割で購入していた。事務所は広さ十畳ほどの中古の移動式箱型プレハブを据え置いた。歩道に面して車三台分の駐車場を確保し、南側に二か所ある窓ガラスに緑色のビニール看板も貼った。店名は、
『不動産ドットイン』  
元が最初に手掛けた仕事は、近隣地域のチラシ巻きである。広告はワードで作成し、印刷はコンビニのコピー機を利用した。月初めに一回の手撒きで、地域周辺に五~六百枚、自身でポスティングを半年間ほど続けた。『クラヤ』に在籍していた時と同様、夜間携帯電話は寝室の枕元に置き、早朝や深夜の問合せにも対応した。ホームページの開設と広告の効果もあり、物件の依頼も徐々に増えていった。
来店者にとって社内の第一印象は商いを左右する。出来るだけ多くの不動産情報を掲載しなければならない。アパートの空き家斡旋なども積極的に取り扱ううちに、近隣地域での知名度も広がってきた。元は従来の詳細な不動産情報の他、市街地内の商業物件では、建物の日影予想図の他、活断層分布図やハザードマップも土地評価の参考資料とした。このような物件の詳細な情報は見事に契約に繋がった。
除夜の鐘を聴きながら、氏神神社の初詣でを済ませ新年を迎えた。大寒の頃には、冷気の広がりと共に空気の透明度は増してくる。御神所岳の山頂が白く輝いた。
初冠雪だった。
暖冬の影響なのか一日も経たないうちに麓の雪も溶けた。生活の見通しもつき、精神的な安定も続き、きみ子は妊娠した。
早々に籍を入れた。同棲を始めてから一年半過ぎたころだった。遅くなったが元たちは、それぞれの両親に結婚したことと、子供が出来たことを報告に行った。親達は驚き、遅い報告に不満を示しながらも同時に喜んでもくれた。市内の小さな洋食レストランでさやかな披露宴をした。元はきみ子の父親に家族を守ることを約束した。平成二十九年、紅葉の美しい秋だった。

-- (6)--へ続く

続『小森 元』(完結編)(2)~(3)

続『小森 元』(完結編)(2)~(3)  ダンヒフミ

 《前編のあらすじ》 1 ロールケーキ 
『不動産・くらや』の初年度の売り上げ成績は店内トップだった・。翌年新入社員として入って来た倉田きみ子は元の卒業した学校の後輩だった。元はきみ子をデートに誘った。しかし話題は仕事意外には広がらなかった。二回目のデートに誘った。

(2)文鳥
きみ子のお気に入りの店は、名古屋城テレビ塔の下にある『バルン』というレストランだった。ふわとろオムライスが人気で、普段の日でもランチの時間には長い行列も出来るらしい。ケチャップライスに乗せられた半熟卵焼きを縦に分けるように切り広げる。中からクリーミーな卵がトロリと横に広がる。そのゆっくりとした動きに思わず唇が緩む。
食事を終えティーサービスの時だった。
「私、文鳥が好きなの」
ウフッと一人笑いしながらきみ子は話しだした。過去にきっと面白いことがあったのかもしれない。
「僕はあんまり鳥のことは詳しくないけど、どんな文鳥がいいの? 例えば大きさとか色とか」
「それはどちらでも良いの。私が飼っていたのは白の小さい鳥よ。嘴が小さくてね。仕事から帰って、ただいまと言って声を掛けると、羽根をバタバタさせてとても喜ぶの。まるで私の言葉が分かるみたい」
「それで、その後どうなるの?」
「もう、はじめさんたら。どうなるのって、鳥も生き物よ。二人でお話しするの。今日は暑くなかった?とか、のど渇いていない? なんて話しかけるとキュッキュッと鳴くの。昼間誰もいないからきっと寂しいのね。鳴き始めたら止まらないのよ。しばらく眺めていると一日の疲れが取れ、仕事が終わったって感じもするわ」
元は今までペットは一度も飼ったことはない。しかし話を聞いているうちに、きみ子の少しすぼんだ口と文鳥の嘴が重なってきて、文鳥が好きになりそうになった。

灰色の絨毯を敷詰めたような雨雲の隙間に、底なしの青い空が覗く。平らに広がった田園の中に盛り上がる小さな林から、梅雨明けを告げる蝉の鳴き声が聞こえてくる。夏の知らせだった。
元はその日、以前から管理していた顧客と不動産の仲介契約を済ませた。自社物件の分譲地で、近隣の住宅環境も良く、商業施設や交通などの利便性も良い。契約は今月になって二件目だった。仕事は順調に進んでいるように見えた。仲介又は契約作業はさすがに緊張が続く。一息ついて、安堵と疲れが一気に出た時だった。心の隅にほろ苦い初恋の思いが蘇ってきた。 
元はまだ愛の存在は理解していない。唯一あるとすれば、陽炎(かげろう)のように淡い片思いの記憶だった。不幸にも心の深層に、きみ子と過去の初恋の女性とが重なっていたのである。
元はすでに恋の病に侵されていた。

(3)告白
六月の半ば頃だった。駅東のアーケド商店街にある『ビロング』という洋食店にきみ子を誘った。最近顧客管理の夜訪が続いていた。
その日夕食はハンバーグ定食を、きみ子は春野菜定食を食べた。食後のケーキセットは、カプレーゼとダージリンティーを選んだ。チョコレートケーキに生クリームとレモンゼリーが添えてある。チョコとその中に入った胡桃(くるみ)と甘酸っぱいクリームレモンの食感が心地よい。満たされた二人の時間だった。 
「美味しかった?」
元はティッシュで口元を拭きながらきみ子を見た。テーブルの上には、赤い布で覆われたシェードランプが吊り下げてあった。元を見詰めるきみ子の瞳や頬に深い陰影が出来る。黒い影になった瞳は微笑みか寂しさか、そのすべての仕草を包み込んでいた。二人の間に静けさが漂う。
「少し大事な話ししたいけどいい?」
「なに?急に、大事なお話って」
元は大きく息を吸い込み、
「これからのお付き合いのことなんだけど、僕は君と会っている時とても楽しい。深夜の仕事が続いた後、電話で話したり一緒に食事をしたりしていると疲れを忘れてしまう。できればいつまでも君と楽しく過ごしたい。こんなことを言うのは自分勝手だと思うけど、どうすればこの癒された気持ちが続くのか自分なりに考えてみた。変だと思われるかもしれないが、思い切って今言う。きみ子さん、ぼくと同棲して下さい」
頭を下げ、言葉を吐き出すように言った。恋煩(わずら)いの反動かもしれない。
「ちょっと待って、待ってくれる? はじめさんのお気持ちは分かるよ。でも、突然そんなことを言われても、わたし返事のしようがないわ。なぜ同棲なの? まだお付き合いしてそんなに長くないよね。元さんのことは嫌いじゃない。好き。だから一緒にいて楽しい。でもこの先ずっとそうかと言われると自信がないの。ここまで育ててくれた両親の気持ちも考えてあげたいし、それよりも私、もっとはじめさんのことを理解したい。同棲とか結婚とかについては、もう少し時間がいるような気がする。でも嬉しい、そんなふうに私のこと思って下さって」
きみ子は一人俯いてしまった。
「僕はきみが入社した時からこの人だと思った。本当にそう感じた」
「だってたとえば、何か他の考えや選択肢はなかったの? 自己紹介のころならいろいろあるはずよ」
暗闇に光るペンダントライトに照らされたきみ子の顔色が、白く透き通っている。
「確かにそうだ。でも直感だから」
「同棲ということは結婚を前提としてという意味よね。私、ますますあなたのことをもっと知りたくなったわ。正直私、今は結婚という気持ちはとても持てない。それで良ければお付き会いする」
きみ子は意外にも冷静だった。あまりも唐突な元の行動に興味が湧いたのである。元は直感という不可解な理由を挙げた。悪い人ではない。一途な性格であること、コミュニケーションの思考性が少し異なるだけだと思う。純粋な性格かもしれないが、結婚はまだ無理だと思った。しかし、同棲もありうるかも・・。
きみ子は同時に不信感も湧いて来た。元は何か不都合なことを隠しているのではないだろうか。
「確かに直感だけど、僕は君と一緒にやっていきたい。いや、やっていく」
「直感と言われても・・」
その後の言葉が出なかった。元の姿勢に偽りが感じられなかったのである。
「はじめさん。私子供じゃない。あなたの人柄や気持ちは以前から尊敬している。こうしてはじめさんの気持ちを言ってもらって私、とても嬉しい」
黒い影で包まれたきみ子の頬から一筋の涙が伝わっていた。その流れを隠すように髪の毛で顔を覆った。

元は高校時代から友達は何人かいた。しかしその仲間達と一緒に行動を共にすることは少なかった。なぜかいつも一人で過ごす時間が多かった。両親には不自由なく育ててもらったと思う。しかし心はいつも満たされていなかった。その気持ちは専門学校で学業とアルバイトなどしていくうちに少しずつ変化していった。職場では些細なことが原因で、従業員や顧客と感情的にぶつかり合うことも多かった。そんな元の未熟な心の感情の中にきみこは凄然と現れた。そして直感と言って同棲を迫った。元は自問自答した。
「僕は何かが変かも・・」

元に欠けていたのはコミュニケーション力だった。
父は仕事人間だが、母は元にとって最も良き理解者であり味方でもあった。ただ、元は母と何を話せばいいのか、たとえ話したとしてその話題をどう広げて行けば良いのか元には分からなかった。それでも不都合は何もなかった。きみ子に惹かれたのは、その容姿に包まれた温もりと優しさだった。つまり元はきみ子に対して、自分の気持ちを分かち合える母性像を感じたのかもしれない。これは異性を意識した恋愛の始まりでもあった。
 
ーー完結編(4)へ続くーー

『小森 元』(完結編)

『小森 元』(完結編) ダンヒフミ

 《前編のあらすじ》
戸森元は進学を諦め選んだ道はフリーター。学業から解放され、毎日釣り三昧を楽しんだ。ある日親友達と再会。彼らは輝いて見えた。対照的にフリーターの自分に羞恥心を抱く。自分探しが始まった。一転して専門学校に入学。電車通学中にスリと間違えられる。偶然にも商店街で須波美穂と再再開。勇気を出してデートに誘うが軽く振られた。たびたび起こる不名誉な出来事に自分を見つめなおす。ファッション、読書、スポーツジム通い等を始める。自我意識の始まりだった。就職したのは『不動産・くらや』。仕事は不眠不休だった。新入初年度で社内のトップセールスマンとなった。専門学校の後輩である女子新入社員、倉田きみ子をデートに誘う。

1 ロールケーキ 
西の山の麓にはどんよりとした霞が横たわっていた。一晩中吹き荒れていた春嵐は灰色の霞みを一掃し、空気は限りなく透明度を増していった。
穏やかな日和の一日が終わり、陽は瞬く間に山の端に落ち、茜色が空の真上まで広がった。
八日市駅バスターミナル周辺の雑踏の中、元ときみ子はスクランブル交差点を渡っていた。目前に八階建ての複合ビル『ロイ・プラザ』がある。そこにはレストランの他ブティックやアクセサリーなどの雑貨店や無印店などが並び、十代から二十代の若者達が多く集う。
その日は五月の大型連休の初日だった。店内は若い熱気に満ち溢れ、白い大理石の床には雑踏の靴音が広がっていた。春の装いはパステルカラー、ビルの入口の自動ドアが開くたびに、緑や黄色のボタニカル柄のワンピースなどがそよ風に揺れる。
『リザ』は一階ホールの右奥にある。SNSによるとロールケーキとブリュレの書き込みが多い。正面の二つのアーチは店のシンボルデザインである。一つは窓に、もう一方は出入り口になっている。木製の玄関ドアのノブに当たる夕日の輝きが眩しい。引き込まれるようにドアを開くと、入り口のすぐ右側の窓際の席が空いていた。肘掛のない臙脂(えんじ)色のビロードのソファだった。
二人でメニューと向き合っていたが、人気のスイーツの一つ、ロールケーキとアッサム紅茶を注文することにした。しばらく沈黙が続いた。元の顔には笑顔が消えている。店内の人の動きがスローモーションに見える。元は緊張していたのである。
「あの、すみません、君の都合も聞かずに無理に誘って」
「ぜんぜん大丈夫です。他に約束もなかったし」
「良かった、ところで仕事なれましたか?」
「はい、少しだけ」
唇から笑みがこぼれた。
「戸森さん、一つだけ聞いていいですか、昨年の社内の成績がトップだったと聞いていますが、なにかコツとかあるのですか?」
元の得意分野の話題である。思わず胸の鼓動が高まる。 
「方法は人それぞれだと思いますが、僕はお客様とお会いした時に、その方と契約している笑顔を想像するのです」
元は思った。これは今日話したいことではないと。話したいことは二人の私的な話であって仕事ではなかった。
きみ子は、もう一度椅子に深く座りなおした。
「それって、イメージするとなんでも実現するのですか?」
「いえ、仕事の場合だけです」
きみ子は身を乗り出した。元は少し怯(ひる)んだ。会話に笑いがない。
「もう一つだけ聞いていいですか?」
「はい、なんでも大丈夫です」
「それじゃー、例えば今日私を誘った元さんのイメージはどんな感じ?」
きみ子は少し首を傾げ元を見詰めた。今度は唇が少し窄(すぼ)んでいる。
聞きたいことってそれ? 全然大丈夫ではない。もっと楽しいことかと思った。
思いがけない会話の返球に元は慌てふためいた。イメージではない。きみ子を誘ったのに理由がある。
「君が可愛いと思ったからです」
「私が?ほんと?嬉しいー」
意外にもきみ子の声が弾んだ。良かった、こんなことで喜んでくれるとは。
若いウェイトレスがケーキと紅茶を持ってきた。
「ご注文は以上でよろしかったですか?」
「はい、ありがとうございます」
黄色いスポンジにマロンクリームがたっぷりと巻かれ、その隅にはアップルミントの葉が添えてあった。
「うわぁ、おいしそー」
「ここのロールケーキはお店の一番人気なんです」
スイーツの話題でなんとか盛り上げたかった。
「はじめさん? ここではですとか使わなくても大丈夫よ」
「分かった、ありがとう」
何気ない救いの一言だった。肩の力が抜けたようだった。テーブルの周りにアッサム紅茶の香りが漂っている。
「倉田さん、今日は楽しかった。良かったら今度別のところに誘っていいかな? 僕、名古屋城駅の近くにフランス料理のおいしい店を知っているし」
実は元はその店には行ったことがない。先輩から聞いた店だった。とっさの誘いだった。このまま何もなく終わりたくなかった。なんとか次の機会に繋げたい。
「それじゃそのお店にはいつか行くわね。でも私のお気に入りのところもあるけど、一度そこでもいい?」
「大丈夫、僕、土曜日に電話する」
今まさにデートは終わろうとしている。熱くなった胸の鼓動は収まりそうにもない。私的な時間を初めて過ごした。できれば家の近くまで送りたいと思った。
「私も楽しかった。本当にありがとう」
二人は席を立ちあがり、元はレシートを持って立ち上がった。
二人は『リザ』を出た。元はきみ子を自宅の近くまで送りたいと伝えたが断られた。当然かもしれない。きみ子はまだ送ってもらいたいという思いも理由もなかったのである。
白い雲の端が眩しいほど銀色に輝いている。歩道の上で渦巻く小さなつむじ風で髪の毛が揺れている。きみ子は笑顔で振り返り、片手で肩を覆う髪をそっと抑え、胸の前で掌を広げ、小さく軽く振って去って行った。
 短い時間だったが、親近感を深めた初めてのデートだった。

-続く-

創作小説続(10~12)「戸森元」 接客

創作小説 続(10~12)「戸森元」 接客 

前回の荒筋 須浪に振られ、改めて自分らしさは何かを見詰め直した。卒業を来年に迎え就活を始める。当時経済発展に乗じてマンション建設が急増していた。就職したのは『不動産・くらや』だった。

10 接客
都会の街路樹にも桜の花が満開となっていた。元は事務所で電話の対応に追われていた。
「戸森君、不動産契約書の書類の作成を手伝ってくれないか」
 部長の小川さんから声を掛けられた。夜七時から分譲マンションの仲介契約があるらしい。一戸三千五百万円の物件である。時間が差し迫っていたようだった。五時近くに書類は出来上がった。その日、元は小川さんに同行した。初めての契約の立合いだった。それ以来小川さんは、書類作成時には元を助手に使った。
 小川さんは普段無愛想で近寄りがたいが、お客様が来ると表情が一転し笑顔になる。背中を丸め前かがみになりながら、お客様に近付き、テーブルへの着座を誘う。接客中は笑顔を絶やさなかった。その表情の切り替えは見事で、そうして元は、小川さんに接客サービスのコツを習ったのである。

11 不眠不休
 元は携帯電話を睡眠中も枕元から離さなかった。夜間電話が掛かると、翌日物件の確認に出かけた。
 問い合わせの物件の環境については、ゴミ置き場やその清掃状態、常夜灯の数と、周囲の明るさや玉切れの有無、車や民間駐車場などの騒音、近隣住宅の玄関周りの整備状況、犬や猫などの徘徊の有無、また雨天時のU字溝などの道路の排水状況、更に近隣のゴミ屋敷等の有無なども調べ上げた。
 こうした住宅環境の細かい下調べは、大いに顧客に気に入られた。不眠不休に近い対応だった。
 入社して一年目の新年を迎えた。店長の挨拶の中で元の成績は社内でトップだという報告があった。新人の初年度トップ成績は前例がないらしい。
 元は担当する顧客の増加に伴い、通勤時間の短縮と住宅環境と家賃を考慮し、蟹井新田に引っ越すことにした。
 春の兆しが見え始める三月の初めだった。佐根川周辺には釣堀場が多い。釣堀用の温泉養殖場や室内釣堀場もある。四季を通じて釣りが楽しめる。
 昼夜区別なく続く仕事に、自由な時間は少なかった。
 釣堀は、緊迫した日常において、その存在だけでも癒しのオアシスといえる。イケヤで家具も数点買った。将来の引越に備え、身軽でなければならなかった。
 元は家族から心身ともに独立したのである。
 その春、女子新入社員倉田きみこが、事務職として入社してきた。身長百六十センチほどで、黒髪のポニーテールと濃い眉とふくよかな唇が印象的だった。倉田の入社時の挨拶の時、偶然にも元の専門学校の後輩と知った。彼女の学んだ専門とは異なり、不動産会社への就職には違和感もあったが、父親の経営する建設会社の不動産部門設立のための見習い修行ということだった。
 以来元はひそかに親しみを持って“きみこ”と呼ぶことにした。
 元は『不動産・くらや』の入社一年にして、トップセールスマンとなった自負があった。賃貸だがマンションも借りた。いつかは倉田をマンションに誘い、魚料理の腕を披露したいと思った。

12 野心
 きみこが入社して一か月が過ぎようとしていたころだった。時期尚早と思ったが、後輩という親近感もあって、元はきみこをカラオケに誘った。
「私、カラオケ上手くないし、戸森さんのこともあまり知らないし、ごめんなさい」
「こっちこそ突然でごめんね。今度君の都合のいい日にもう一度誘ってもいい?」
「はい」
 昨年度の元の成績は、当然きみこも承知していた。誘いはパワハラの瀬戸際だったかもしれない。
受注成績は第一に個人の実力によるが、それに加えて、需要者と供給者の出合いと、時の運が重なることが多い。つまり昨年の元の受注成績はたまたまだった。若さゆえ、勢いに乗った幸いな結果ということに、元は気づいていなかった。
新入社員だったきみこへの誘いは、元の未熟な気負いだったかもしれない。
元は自信に満ち溢れていた。
自信はやがて野心となり、無謀にも、翌年の春には独立を目指していたのである。
                  ―完結編へ続く―

暑中御見舞い

暑中御見舞い 200812(水)晴れ 無風

さすがに今日は外に出たい気がしませんでした。
みなさま、暑い日が続いていますがいかがお過ごしですか?
兼ねてから計画していた小鳥の水飲み場を作りました。
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その第一号は左端に見えている陶器の皿でした。皿の廻りに止まり木もつけたのですが、どうも小鳥たちには人気はなかったようです。ある日小鳥が皿の縁に止まり、水を飲もうとしたら水底が浅くすぐに飛び立ちました。改めて少し深い皿を見つけてきました。できれば水も浴びて欲しいと思ったのです。ところが早速新しい水飲み場に来たのは蛙でした。キャベツソースの二度漬け禁止のように、蛙の二度水浴びは止めて欲しいと願っています。今のところペットボトルはまだ完成していません。もう少し安定するように改良したいと思っています。
今日みたいに暑い日こそ読書三昧しようと思いつつ、実際には雑用ばかりしていました。譲って頂いた本が三冊、すでに読みかけの本が三冊の他、
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最近購入したばかりの本が一冊、全部で七冊あり、コロナ休業は苦しい選択でありながらも楽しみでもありました。ところがその間実際に出来た事は今までに手が付けられなかった庭の手入れや家のメンテナンスに追われる毎日でした。明日は盆の入りでご先祖様のお迎えもしなければなりません。仏壇の掃除や一日三度のお供えなどの用意もあります。
今年のお盆はコロナ感染防止を踏まえ、子供達も帰省を諦めるとのことで少しはゆっくりできるかもしません。孫たちは親にとっては元気を運ぶコウノトリで、会えばあったで元気を貰えますが、何事も抗えず自然に任せるのが一番と考えております。
又時間が出来れば、それこそ読書三昧を楽しみたいと思っております。
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猛暑の続く日々、どちら様もくれぐれもお身体ご自愛くださいませ。

創作小説続(7~9)「戸森元」

創作小説続(7~9)「戸森元」
前回の荒筋 その日は風邪気味だった。帰宅途中八日駅で偶然須浪に会う。須浪は進学のきっかけにもなった元の初恋の女性でもあった。勇気を出してデートに誘ったが断われた。一年ぶりの絆は消失した。
 
7 自我意識
 須波に振られた。元はしばらく立ち直ることが出来なかった。本当に振られたのだろうか。須波は本当にその日体調を崩していたのか。高校時代から抱いていた須波に対する好意は、元の単なる独りよがりだったかもしれない。
「おい元、しっかりしろ」
 再び大きな声が聞こえてきた。思わず元は振り返った。誰もいない空耳だった。元の心の叫びを聞いたのである。
 ゆっくり頭を垂れ、そして呟いた。
「自分らしさを創らなくては」
 元の行動は機敏だった。
 これまでの学生生活は、授業の単位取得と、学費の補填しか念頭になかった。それだけでは自分らしさを出すことは出来ない。自分の魅力とは何だろう。学歴でもなく偏差値でも顔でもスタイルでもないとすると、他の人が持っていないもの、つまり個性ではないだろうか。それならば、いかに個性は創ることが出来るのか。
 とりあえず、ビジュアルなファッション感覚を学ぶことにした。これは親友でもあった自己顕示欲の強い武の影響にもよる。
 元は駅前ショッピングモールに並ぶブティックのマネキンの衣装を見て廻った。生地にも触り、その感触を確かめた。本屋にも出かけた。書店の推奨する文学書も手あたり次第読みあさった。床屋での散髪を美容室に変え、自分に適した髪形にカットしてもらった。髪形による個性の表現の仕方もあることが分かった。スポーツジムにも出かけ、ランニングマシーンで汗を流し、トレーニングマシーンで筋力も鍛えた。気のせいだと思うが、トレーニングしている時、鏡に映る身体が、最近シュッとした感じに見えるようになった。
 最近、ショーウインドーに映る自分の姿を追いかけるようになっていた。
 遅かった元の自我意識の始まりだった。

8 卒論
 二学期の後期授業が始まった。
 アニメファッション科には海外留学制度があった。留学は単位の一つに認められる。元の進学校選択の大きな理由の一つだった。そのために夏休みには昼夜仕事に励み、ある程度まとまった貯蓄もした。五泊七日の短期留学だが、元はフランス・パリ留学を選択した。パリのファッションに憧れていたのである。
 卒業課題は論文とデザイン画だった。論文は平成アニメの特性を、一方デザイン画は、コミックマーケットなどで観られるアニメファッションの商業進出の特性をそれぞれテーマにした。
 平成アニメの特性は、CGと人の動きの一体化である。ダンサーの身体全体にセンサーを付け、人の動作と共にその動きをパソコンに取り込む。その信号は瞬時にCG化され、レーザー光線により三次元で表示された人形が人と同様な動きをする。つまりプロのダンサーと声優とパソコンさえあれば、ショーのプロデュースが出来る。もはやスターは人ではなく、斬新なスタイルやファッションをデザインしたCGキャラクターだった。
 卒論のデザイン画は、職業用アニメファッションを描いた。以前研究したマネキンのトータルコーディネートと、パリのファッションが役に立った。

9 就職
 在学中、学内では同好会などいくつかあったが、特に学内で参加するような部活動はしなかった。従って新しい友人ができる機会も少なかった。アルバイトに明け暮れた二年間だった。その間いくつか嫌な思い出もあったが、最も記憶に残ることは、須波への思慕の実現のために、社会的な視野を広め、自問自答しながら、魅力ある自分探しをしたことだった。
 遅かった自我意識だが、自分らしく過ごした貴重な時間だったと思う。
 元は昨年末から就活を始めていた。近年の経済は、ここ数年間上向きで、企業は人材確保に奔走していた。学校事務局にある就職募集の掲示板には、多くの地方企業からの募集があったが、アニメファッションに関連する企業は一社も見当たらなかった。企業は専門職ではなく、即戦力としての事務職や営業職を求めていたのである。企業の職種や規模によって、基本給と有給と福祉と歩合給の比率が大きく異なっている。厳しい現実を知った。
 就活の間、改めて父を意識する機会でもあった。
 父は地元の会社に就職し、出世は平凡かもしれないが、一家の主として偉業を成し遂げているようにも見えてきた。元は自分で父を超えなくてはならないと思った。
 選択可能な職業として、工場加工生産、商業営業、建設、サービス等があった。市街地内でのマンション建設も急増し、不動産価格は上昇していた。父から得た情報であるが、不動産の手数料は三パーセントで、以前自宅購入の時に払ったという。元は不動産業は一般的に基本給は低いが、自分の努力次第で成功する可能性のある職業だと思った。
そして就職したのは『不動産・くらや』名古屋城駅前支店だった。
支店長含め従業員十五名の会社だった。

菰野城跡

千種城跡 200812(火)晴れ

菰野町千草の千種城跡へ行ってみました。
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城跡は草刈りも済み丁寧に管理され、とても気持ちの良いところでした。
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大きな石碑の立っているところが城跡のようです。

2-22DSC_0012 (2)

その石碑には詳しく歴史が刻んでありました。
漢訳字体ですが、一度口語訳しても面白いかもしれません。
とても興味深く感じました。以下口語訳の一部です。

『近江より伊勢に入るの要路に千草超えあり。千草城(は)正に其(の)咽喉(いんこう)を阨(やく)せり。千草氏(は)世々(代々)此(ここ)に居りて北伊勢(北勢地方)に(て)雄視(ゆうし=統制)し就中當陸介(自治区内?)最(もっと)も○○?は(わ)る弘治、年間近江の六角義賢(ろっかくよしかた)、城を攻めしも、克(か、勝)たずして和(平)を講ぜり(結んだ)。・・・』

--続くーー

PS
城内の南西角に「落ち武者街道」という山道があります。非常時の逃走用のようです。落ち武者街道という名前がいいですねえ。

創作小説 続(6)『戸森 元』 再再開

創作小説 続(6)『戸森 元』 再再開
(4~5)の荒筋
元は名古屋城アニメファッション専門学校のデザイン科に入学した。日々学校とアルバイトに励んだ。後期に入ったある日の通学電車の中でスリに間違えられる。又もや警察に尋問され、嫌な思いが蘇った。

6 再再会
 翌年二月、真冬ではあったが、市街地で積雪を見たのは一日だけで、雪は昼過ぎから降り始め、夕方には止んでいた。
 顕著な暖冬の日々が続いていた。
 水曜日の授業は午前中で終わる。午後から三時間ほど、
名古屋城駅北のコンビニでアルバイトを終え、とりあえず一日の予定を済ませ帰路に就いた。
 奥鳥羽行急行に乗り、午後六時半過ぎに八日市駅に着いた。アルバイトの疲れも残り、身体がいつもよりだるい。ジャンパーのポケットに両手を入れながら西階段を降りて行くと、下の方から冷たい風が、階段を撫でるように噴き上げてきた。風はジャンパーの襟から胸を潜り、身体の芯まで冷えてきた。
 元は軽い風邪を引いていた。階段を降り切った先に明和交通バスターミナル広場がある。バス停の前には、歩道を遮る人々の列が幾重にも重なっていた。
冬の一日は短い。曇り空の下に夕闇が迫り、駅商店街のフロントガラスから明りが煌々と漏れていた。今日は商店街で夕食を買って帰るつもりだった。
城東石田の商品はどの食材も美味しい。安くもないが決して高くはない。使用する食材の質の良さと、丁寧な味付けを考慮するとむしろ安いと思う。夕刻早々賞味期限の切れそうな弁当が割引してある。元のお気に入りの夕飯だった。
陳列されている商品の種類は豊富で、他店では見ることのできない外国の商品もある。元は棚に置いてある商品を何気なく眺めながら歩いていた。
南入り口の近くにはコーヒーの焙煎店がある。店内に挽きたてのコーヒーの香りが広がっていた。店頭の奥には小さいドリンクコーナーもあり、中年の婦人や老夫婦で混んでいた。ショーケースには十種類ほどの焙煎豆が並べてある。そのケースを俯いて見ていた一人の女性がいた。
元は立ち止まってその女性の横顔を眺めた。髪型と襟首に見覚えがある。元は思わず声を掛けた。
「須波さん!」
 元吹奏楽部フルート奏者の須波美穂だった。元の心臓は一気に高まった。
「びっくりした。戸森さん?」
 須波は元君と呼ばなかった。丁寧な呼び方に変わっていた。無情にも時間だけが過ぎていたのである。
「うん、ごめんね、驚かして」
 不意を突かれて驚いていた須波の顔に笑顔が戻った。
「ううん、いいの。コーヒーどれにしようかと迷っていたところなの。ところで戸森さんは?」
「今学校から帰る途中で、買いたいものがあってちょっと立ち寄ったところ」
「学校? 戸森さん学校行っているの」
「うん、昨年から専門学校に行っている」
「えーっ? そうなんだー。で、なんていうの学校」
「名古屋城アニメファッション専門学校」
 上目使いで話す須波の笑顔は、相変わらず魅力的な小悪魔だった。
 昨年以来の再会だった。それなのに、それじゃまたと言いながら、何もなく別れた。心にぽっかりと穴が空いていた。情けない。しっかりしろ元。ダメもとではないか。もっと素直に気持ちをぶつけるのだ。須波にはすでに好きな男子がいるかもしれない。もしかしてその男は武なのか? 武にだけは負けたくない。元は自問自答を続けていた。
 週末の土曜日、元は勇気を振り絞って、須波の携帯に電話を掛けた。図らずも携帯は繋がった。番号は昔のままだった。
「あら、戸森さん、どうしたの?」
電話の向こうで話す須波の声が、耳元で弾んで聞こえる。須波の電話の声はいつもより一オクターブ高い。
「元です。先日はごめんね、買い物の邪魔をして」
「なによ、そんなこと。いいに決まっているじゃない。でも良かった、戸森さんも相変わらず元気そうで」
「僕もきみともう一度会えて嬉しかった。最近友達とも会っていなかったんで。ところで・・・」
 元は小さく息をついて、
「須波さん、時間があればだけど、明日の日曜日ランチ行かない? 名古屋城駅の近くだけど、ボーシュというレストランで、グラタンの美味しい店なんだ」
「えっ? ランチ」
「そう、ごめん、いきなり」
「それは全然かまわないの。残念だけど、明日は家族と出かける予定があるの。父が久しぶりに休暇をとることができて、母の誕生日を兼ねて奥鳥羽の方へ行くの」
「良かったね。家族みんなで行けて」
 元は諦めなかった。
「それじゃさぁー」
 須波は気が進まなかったのか、あるいは嫌がっていたかもしれない。それでも元は、なんとか翌々週の日曜日に、デートの約束を取り付けた。
 元は指折り数えてその日を待った。
 日曜日の朝、須波から体調を崩したという連絡があった。改めて須波に振られたと思った。考えてみれば当然のような気もする。須波とは二年ぶりの再会で、武と一緒に会って以来連絡を取ったこともない。久しぶりに出会った時は風邪気味で、背中も悪寒で縮んでいた。元は出会いの間の悪さに、自分自身の不甲斐なさを感じた。

ー(7)へ続くー

不幸は永遠ではない

熱中症とコロナ 200810(火)晴れ

外の空気が燃えていました。地面から暑さが伝わってきます。良かった。昨日畑に水を遣って。木々や野菜たちも暑さに負けないで欲しい。

せめて午前中だけは窓を開放して過ごそうと試みた。パソコンを窓際に移し、庭の花を眺めながら作業をしようと思ったが、やはり暑さには勝てない。ついにエアコンを付け、アイスコーヒーを淹れて一息ついた。若い方々はこんな猛暑の中でも労働しなければならない。老人から一言謝りたい。「申し分けない」と。室内作業ばかりならいいが仕事は場所を選ばない。暑い時はいつどこも暑い。人も昆虫も地球上の生き物はみんな暑いのには変わりがない。一層のこと海の中で生活するのはどうだろうと思う。所詮それなりに不都合も多い。しかしながら暑さに任せてつまらない想像をするならば、海では常時保湿性が高いので化粧をしなくても良い。それに部屋という特別な概念もない。多少ショーシャルディスタンスをキープさえすれば自由に移動もできるし餌も取れる。例えどんな美人やスタイルの良い魚でも、同族でなければいちいち気にすることも惑わされることもない。従ってストレスも少ないと思う。そういう観点から考えると人社会のように自分で生命を絶つような自殺行為などはないだろう。更に海で生活する魚たちには、コロナという病気もないし第三者による公的な事故もない。しかし一見自由に見えても油断すると大きな魚に食べらてしまうこともある。海底生活の基本はただ一つ、危険を避け常識的な生活圏さえ自主的に守れば快適に過ごせるのであった。そいう意味ではむしろ地上よりは快適と言える。ただ人と異なることは海底生物には物を作ったり鑑賞したりするという創造的な生活はあり得ない。人は快適な環境と豊かな創造性を求めるならば、今ここでじっと時が過ぎ去るのを待つしかないのである。古い例えで違和感もあると思うが、まさに「風と共に去りぬ」に習うべきだろう。風が去り、新しい風とともに歴史が始まる。明日に向かって生きる。それが社会であり人間だと思う。今しばらく天敵コロナをやり過ごしつつ共生を試みる。新しい空気をが吹いてくるのを待たなければならない。人は変化していく環境に適応していくだけだ。悲しんで癒されるのだあればそうすべきでもあるが、ここでは何が起きたとしても悲しいと捉えず、前向きに進んでいくのが楽でいいのではないだろうか。
「そんなーー」
 ことはそう簡単ではないという人々も多いだろう。
ただ一つだけ言えることがる。
「不幸は永遠ではない。いつかは幸せがやってくる」
その逆もあることも事実である。
ただ悲劇は避けなければならない。例えそれが不可能であっても被害は最小限に抑えなければならないのである。
今を前向き生きたい。

秋が持ちどおしいーー。

コモノフジ

ツーリング 200809(日)晴れ

久しぶりのツーリングでした。
午前六時起床。ドリンクなどの準備をして、
菰野富士に向かって出発です。
1コモノフジ

とてもいい天気。早朝なので車はまだ少ない。緩やかな坂を上りながら民家の間をゆっくりとツーリングしているといろんな景色が見えてきます。
2サルスベリ

サルスベリの花。赤い色がとても夏らしかった。
3ジャスミン

畑の垣根の近くにあったジャスミンの花。顔を近づけて香りを嗅いでみました。野生味のある爽やかな香りでした。

4キキョウ

路地に咲くキキョウはとても清楚な青でした。
5ラディュー

話はいきなりパリに飛んで、
これはシャンリゼ通りにある有名な菓子やさん、ラデューの菓子箱です。
6ラデュー2

その箱のデザインは「パリジャンヌ」。とてもお洒落なお嬢さんでした。
7ロンシャン

おなじくシャンリゼ通りの服飾店のマネキンさんは、「ロンシャン」です。
お嬢さん達のファッションのかわいいこと。
8自転車屋さんの看板

話はツーリングに戻り、その途中にあった自転車さんのポスターです。
今日一番のお洒落でした。
パリ・シャンゼリゼのお嬢さんたちを髣髴させられました。
意図的か偶然か分かりませんが、お店の名前がなかったのが残念です。
こんなお洒落な看板なのに、もったいない。
どんなお方がデザインされたのでしょうね?

オオハクセキレイ

オオハクセキレイ 200808(土)晴れ

暑かったですね。

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今日庭にやって来た野鳥です。 

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夫婦のようです。

オオハクセキレイ

スマホが教えてくれるには、オオハクセキレイというのだそうです。出身はインドとか。インドから九州、九州からモザへ来たらしいのです。これも地球温化の影響でしょうか? 日本がだんだん熱くなってきたのではと心配しています。随分遠くからきて大変だったことでしょう。モザの庭には雑草の下に多くの虫やミミズがいます。鳥が歩くと驚いて虫たちが外に出る。これを野鳥たちは啄むのです。
この鳥インド出身なら、さぞかし数学とパソコンに強いのでは? 
もしかして歩くのもトンツー、ツートンなどと、二進法で歩いているのかもしれない?
などと楽しんで観ていました。
名前も分かり、ありがたいことです。一日がより刺激的になりました。まるで楽しい子供時代に戻ったようです。

くれぐれも、
暑さにお気をつけ下さいませーー。

「立秋」の創作短編

「立秋」の創作短編 20807(金)晴れ

ニュースを見ました。

今日は「立秋」。天気予報によると気温は昼間30度を超えるそうで、35度を超えると猛暑日になるとか。

 35度を超えていなくてもその日の外は暑かった。朝からクーラーがいるとなると、これから迎える夏はどうなるのだろう?。わずかな不安がよぎった。そうなったら夜からクーラーを入れて、一日中つけっぱなしになるのではないだろうかと心配している。更に妄想と不安が広がる。未来では気温がさらに上がり、地上は暑いので、とりあえず地下に潜る? そうすれば絶対あり得ないが、外国から飛んでくるかもしれない爆弾も回避、そして地球の温度上昇も回避、一石二鳥の地下室生活はひょっとして快適かもしれない。水? 水は地下室の壁に穴を開ければ出るだろう? トイレは? トイレは地上でに限る。レストルームというくらいだから、窓からのんびりと外を眺めることが出来る。衛生的にも地上にトイレハウスを作り、一応有料だろう。長く使用する所でもないので、一応贅沢な快適ベスト空間。トイレ守りの管理人は通常美男美人しか採用されない。彼らは高額なチップが給料となるので、普段から笑顔でサービス向上に努める。 地下の移動は地下道を使用し、歩行専用と自転車専用道の四車線になっていて、トイレ入り口にはトイレ守りの写真看板が貼ってある。好みのトイレが選べる。地上へは竪穴が掘ってあって、上がるためには先に地上にいる人が降りてくるのを待たなければならない。地上の人の体重の重みで地下の人が上にあがる。つまり井戸の天秤を利用した自然に優しい重力移動式だ。若し体重が軽かったり重かったりすると、椅子に重しを付けたり外したりする。竪穴の途中ですれ違うので、互いに日常の挨拶などを交わすが、それとなく椅子の下の重し板を見合う。そして内心思う。「良かった、私のほうが軽い・・」 竪穴式移動は優越感と屈辱のすれ違う場所でもある。トイレは初期のみ水洗トイレ式で、汚物は嫌気性微生物によって分解され地上の土壌に戻される。地上にはボタ山のような汚物山が至る所に点在し、古い山には豊かな亜熱帯性の緑におおわれていた。

ーー続くーー

創作小説 続(4~5)『戸森 元』

創作小説 続『戸森 元』 (4~5)入学

(2~3)の荒筋
親の同意を得てフリーターとなった元。釣り三昧の日が続いていた。ある日駅の高架の下で旧友武と会う。武は颯爽として見えた。その背中に見えたのは須浪。よりによって武は須波を連れ添っていた。須浪は元が密かに抱いていた彼女である。幼馴染で親友である武が知らないわけはない。元はフリーターの自分が惨めに見えた。元は進学を目指すことにした。

4 入学
 翌年四月、元は名古屋城アニメファッション専門学校のデザイン科に入学した。志望のきっかけは、以前から漫画が好きだったこと、更に個性的なアニメファッションのビジュアル的な感性に興味があったことだった。
 漫画は読者に夢を与えることが出来るし、アニメファッションは、非日常的な自己表現がある。
 しかし元は漫画家やファッション職を目指したわけではない。惹き付けられたのはアニメの物語の創作性や、ファッションの創造性だった。元の過去の価値観にはなかった世界感だった。学費は昨年のアルバイトや派遣社員で貯めた預金を充当した。
 元は、颯爽とした武に再会し、現実から逃避したような自分の不甲斐なさに、反旗を翻したのだった。
 学校は名古屋城駅前にある円錐形をした十八階建てのビルの二階と三階にある。
元の朝は早い。午前六時半ごろ起床し、午前七時半ごろ八日市駅で急行に乗り、八時過ぎ終点名古屋城駅に着く。地下街を通って、通勤者の雑踏を南へ十分ほど歩いて行くと学校に着く。男女共学で、洗練された都会のセンスからか、女子の誰もが綺麗に見えた。
授業は面白くなかったが、休もうという気はしなかった。授業が早く終わっても、友人とお茶をするほどの余裕はなく、空いた時間はアルバイトに費やした。

5 誤認
 前期授業も終り夏休みに入った。学費の大部分は親からの援助に頼っていたが、学生に必要な交遊費などの経費は自分で賄わなければならない。元は夏季休暇の間、日夜アルバイトに従事した。幸いにも疲労は、三度の食事と僅かな休憩と十分な睡眠で、一夜にして回復した。
 夏休みは昼夜の労働で瞬く間に過ぎて行った。学校生活は後期に入った。
 九月の残暑の残る朝だった。その日は蒸し暑く、電車の中は通勤客でいつもより混み合っていた。高畑駅を過ぎ、桑尾駅で混雑はピークとなる。車内の入口周辺は身動きが取れない。元は吊革を持って電車の揺れに耐えていた。木曽三川の中州を過ぎたころだった。乗客に挟まれながら右横に立っていた女性が突然叫んだ。
「スリです、この人スリです」
 女性は元の右手の袖を掴んで抱え上げた。顔は青ざめ、悲壮な表情で元の顔を見据えている。元はあまりの突然な出来事に唖然として、袖を掴まれたまま立ちすくんだ。女性は首に汗をかきながら、肩を震わしている。
「私の財布盗られました」
 再び悲痛な叫び声が、熱気のこもった車内の空間に響き渡った。周りの乗客がざわつき始めた。女性と元の間に僅かな隙間が空き、下を見ると車両の床にピンク色の折りたたみ財布が落ちていた。
 元は憮然としながら掴まれた女性の手を振り離した。乗客の誰かが通報したのか、しばらくして混んだ車内をかき分けるようにして、痩せた小柄な車掌がやってきた。
「すみません、少し通してください、あ、どうもありがとうございます」
 車掌は息を切らしながら、目を見開いて女性に尋ねた。
「先ほど車内通報がありましたが、どうかなされましたか?」
 女性は恐怖に怯えた顔をしながら、
「私のバッグから財布を盗まれました。この人です」
 女性は元の方を指さしている。女性は左肩に口幅の広いラメ入りピンクのショルダー・トートバッグを下げていた。財布は床に落ちたまま放置してある。
「えっ?そんな。僕は財布など盗っていません」
 次の急行の与富駅に着いた。
「すみませんお客様、申し訳ありませんがここで降りて頂けますか?」
 車掌に促され、元は電車を降りた。同時に数人の乗客が下車した。
「そいつじゃないんじゃないか、スリは」
 車両の入り口奥の方の乗客から声が聞こえてきた。
 車掌はその声に一旦振り返り、被害女性の顔を再度確かめるように見たが、抱えていた元の腕は離さなかった。与富駅に控えていた駅員に元を預け、電車の発車を促した。忌まわしい過去の記憶が甦ってきた。
 被害にあった女性は、ホーム詰め所に連れて行かれ、元は階段を降り、改札事務所の方に同行を求められた。
 やがて警察官が二人やって来て事情調取された。元は全く身に覚えがないと主張した。在学学校や住所氏名など事情聴取がしばらく続いた後、年配の巡査の指示により、駅の改札ホームの防犯カメラを調べることになった。
巡査は聴取の内容から、経験的な直感により、被疑者に対して違和感を持ったのである。
この時間帯に与富駅で下車をする者は少ない。仮に別の被疑者が階段を降りるとすれば防犯カメラに記録される。事件当時の時間が限定しているので、乗客の乗降状況の検索はたやすい。下車状況の映像には、警察が以前からマークしていた常習スリ被疑者の男が映っていた。元はその男が近くにいたことも記憶している。元は指紋の摂取にも同意した。結局被害女性の誤認ということが認められた。
「どうも、ご苦労さんでした」
 他に言いようのないことは確かに理解できる。しかし間違いで申し訳ないぐらいの言葉があってもおかしくはないと思う。被害を受けた女性も動揺したであろう。車掌も義務とはいえ、混雑のなか大変な仕事だった。立ち会った警察官も、事実確認の検証は慎重を要する。元も不名誉な疑いを掛けられ、しかも余計な時間も浪費した。元はその不満を誰に向かって吐露すればよいのだろう。この災難に関わった人々は、ある意味全員被害者だったかもしれない。再び与富駅のプラットホームに戻り、次の電車に乗ったのは昼過ぎだった。
 元はまず解放されたことに一安心したが、同時に無性に腹が立ってきた。結果として、元は被害女性に対して適切な反論が出来なかった。なさけない自分に怒りの声を張り上げたかった。渾身の軽蔑を露わにしていた女性の顔の残像が、いつまでも残っていた。それ以来、ホームでその女性を見かけると、別の車両に乗るようにした。

ー(六)ーへ続く

朝の「コロナ会話」、

朝の「コロナ会話」 200806(木)晴れ

今更ですどうでも良さそうな話ですが・・、
朝の番組で女優常盤貴子がゲストで出ていた。貴子さんは以前から個人的に大のファンで、とくに源監督の作品「京都のひそかな楽しみ」での貴子さんにはなぜか惹かれる。もっと詳しく若く表現するならば、貴子さんを見ていると「しびれる」ぐらいです。
番組中、貴子さんのコメントを聞きながら年甲斐もなく、
「ああ、貴子さんがモザにお見えにならないかなあ」
と、一緒に見ていた妻に独り言を言った。
すかさず冴えた返事がかえって来た。
「私がいるじゃない!?」
思わず一人爆笑ーーー。
笑った理由があります。
モザの店で貴子さんと何を話していいのか、ドギマギしている自分。
それを想像しながら呟いていた独り言。
言葉で背中を押され、突然落ちた奈落の底だった。
あり得ない呟きなのに、そこまでつぶさなくてもいいんじゃないかなあ。

そのあと、炒れたてのコーヒーを入れてもらいました。
朝の「コロナ会話」、
ほど良いコミニケーションだったかな?

「たそがれ」

「たそがれ」 200805(水)晴れ

一日の仕事が終ったあとの楽しみは、それは夕方の黄昏れ。
ほんのわずかな時間ですが、一緒に黄昏時を楽しみませんか?
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黄昏れの白い椅子
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今まさに山の端に落ちようとする太陽
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つづらの光
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願うことは地球の永遠の美しさ
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一日が終わりました。
お疲れさまでした。

令和の活動家

令和の活動家 200805(水)晴れ

人は活動を続けると年齢がスライドする?
その昔論語では、「六十にして迷わず」と詠われました。
昨日頂いた同人誌「きなり」の会員さんの皆様のお写真を拝見して、今更ながら驚いています。
令和の活動家は、「七十は青年、八十は現役、九十は定年」と言えそうです。
そんな錯覚をしてしまいました。
しかしながらその錯覚は、自身の目指す希望でもあります。

暑い日々が続くなか、近隣地域でもコロナ感染者が発生してきています。
世相におけるオリンピック開催熱望のクールダウンと共に、国内経済はコロナ感染拡散と共生せざるを得なくなってきました。
くれぐれも熱中症と感染にはご注意下さいませ。

明日も良い日でありますようにーー。

創作小説 続『戸森 元』 (2)~(3)

創作小説 続『戸森 元』 (2)~(3)

(1)「選択」の荒筋
黒潮高校三年の戸森元(はじめ)は同校に通う幼馴染の大崎武に誘われて校内のマドンナ江藤恵子と、吹奏楽部の須波美穂と映画鑑賞に参加する。例え四人でも、元にとっては初めてのデートだった。余裕を持って待ち合わせ時間前に着き駅西公園を一人散策する。しかし不幸にも不審者に間違われ警察に職務質問を受ける。その日の帰り道、須浪美穂は元に誤った。警察の尋問を受けている最中、元が困っていたにも関わらず何も庇うことが出来ず悪かったと謝る。思いもよらない須波の優しさに触れ、元の心はときめいた。それは初恋の始まりでもあった。

(2) 解放
 市街地の街路樹の桜が満開になった。数日前まで枝先に無数の蕾が膨らんでいた。大地の温もりと共に、蕾は一斉に固い殻を破る。寒さに耐え抜いてきた生命の誕生の季節である。
 元は父の釣り竿を借りて、自宅の『陽だまりの丘』から八キロメートルほど東にある礒地町に向かった。自転車で二~三十分の距離である。天平川の下流は伊勢湾に繋がり、河口付近で一挙にその川幅は広がる。礒地町はその河口付近にある漁港で、集落は高さ三メートルほどの防波堤に囲まれていた。
 元は防波堤の切れ目に自転車を置き、その隙間から海を眺めた。前方に伊勢湾が広がっている。元は遠投用の釣竿と保冷バックを下げて小さな階段を降り、浜辺に向かって歩いた。青い空と白い雲と群青色の海が、網膜を埋め尽くした。空と海の間に水平線が限りなく広がっている。知多半島の岬の先に、赤い船底を露わにしたタンカーが大海原へゆっくりと進んでいた。スニーカーの隙間に砂が入り込み、足裏の感触が心地よい。細波は砂浜に吸い込まれ、果てしなく穏やかだった。そのリズミカルな音が、耳の端で軽やかに震える。
 初めての海釣りの日だった。昨年から進路選択で鬱積していた心の中に、底なしの空と海が広がった。
久しぶりに感じた解放感だった。

(3) 再会
 霞のかかっていた新緑の山々に、限りなく透明な空気が広がっていた。五月晴れである。
海水温度が上昇すると、河口付近の魚の乗っ込みも増える。
元はほぼ日課となっていた磯釣りを終えて、自転車で自宅に帰る途中だった。八日市の高架下で信号待ちをしていた時、人垣の向こうから声がした。
「おーい、ゲン」
 聞き覚えのある声だった。振り向くと、幼馴染で親友の大崎武だった。以前から武は元を「ゲン」とニックネイムで呼んでいた。武の満面の笑顔が目に入った。
 西の低い空から、雲の間を破る光の太い束が地上まで降りていた。武の顔が夕日に照らされ、渋い赤銅色に輝いている。
 よく見ると、その肩に寄り添うように立っていたのは、級友の須波美穂だった。薄紫色のワンピースが夕風に揺れていた。
 須波といえば高校時代、ゲンが密かに好意を持っていたことは、すでに武は知っているはずだ。今日はたまたま二人だったのかもしれない。元は突然の出会いに、一瞬自転車に乗ったまま身体が固まった。
 武の希望に燃えるような颯爽とした姿と、釣り三昧で過ごしている普段着の、自分の貧相な姿とが重なり、自ら選択したはずの自由人としての自尊心が、一瞬揺らいだのである。 
ほんの僅かな混迷の時間だったと思う。その場に佇んでいるのが辛い。
前方の信号が変わった。
「じゃー、またなーー」
 元は片手を軽く振り、ペダルを踏んだ。二つほど信号を横切り、山際に落ちかけた夕日に向かって踏み続けた。長かったビルの薄墨色の影は消え、空は一変して茜色がパノラマに広がった。
 それ以来、武と須波とは連絡を取っていない。
 自分の現状や将来についてもあまり話したくなかったし、特に先日出合った時に同行していた須波については、その時の事情など聞きたくもなかった。武には心外と言われるかもしれないが、元にとって須波という女性だけは、出来れば同伴の相手に選んで欲しくなかった。
 この須波に対する喪失感は、元の新たな進路選択の機動力となった。
「このまま終わる訳にはいかない」
 武を見返し、須波に元という存在を意識してもらわなければならない。
 元は進学を目指した。

ー(4)へ続くー

戦闘機「ステルス」 ?

戦闘機「ステルス」? 300803(月)晴れ

最初燕は玄関に巣を作りました。その雛はすでに巣立っています。
その後バルコニーにはもう一つ巣があって、その雛が昨日巣立ったのです。これらの雛はてっきり他人どうしかと思っていたらどうもそうではなさそうです。
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餌を待つバルコニーの燕の雛。
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しかし親鳥は餌を与えません。
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何度も巣の傍まで飛んできています。
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仲間達も入れ代わり立ち代わり、雛の巣立ちを促しているのです。
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次の日、雛は巣立ちました。
応援していた燕はみんな仲間でした。
颯爽と飛ぶ姿は、戦闘機「ステルス」に似てはないですか?
子どもを励ます様子は実に感動的でした。

一足早く彼岸花

一足早く彼岸花 200803(月)晴れ

メンテナンスに追われる日が続きました。
草刈り、土間コンクリート洗浄、フェンス洗浄、濡れ縁補強補修等々。よくも熱中症にならなかったことです。

昨日、再びお花の好きな知人、Mさんにいただきました。
アマークリームひがんばな科IMG_9752
あくまでスマホの情報ですが、この花「アマークリーム」というのだそうです。ネリネ族、ひがんばな科となっています。日本よりも欧州で人気だとか。
とても上品な花です。
一足早い彼岸花に癒されました。
一度ググってみてはいかがですか?
プロフィール

モザマスター

Author:モザマスター
キャフェ ド モザのマスターです!コーヒーと庭と花の愛好家です。「モザマスターの日記」を担当しています。
檀桃源です。この窓を借りて「エッセーと古典」をシェアリングしています。

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