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エッセー NHK講座「漢詩をよむ」

エッセー NHK講座「漢詩をよむ」 200630(火)雨

 天気予報では東海地方は豪雨に警戒するよう呼び掛けている。
 土砂降りの雨が降ったりやんだりの中、歯医者に向かった。、車窓を締め切ってクーラーを掛け、ハイスピードでワイパーを回しながら甲斐バンドの「アンナ」を鳴らす。爆音は豪雨のかき消された。
 「アンナ」は初めて聞いた時にはすっかり「あのなぁ」という風に聞こえた。「あのなぁ」は伊勢弁であるし、四日市弁でもある。今まで普通に話していて気付かなかったが、どうも四日市弁というのはあるらしい。その話を聞いたのは、今年から名古屋の大学に通っている姪からである。なんでも学園でまだ親しくない学友と会話しているいる時、そういう節回しの会話を察知して、「あんた高校どこ?」と聞かれ、「南高」と言ったら、「ええやん」と言ったとか。それで四日市弁と分かったらしい。語尾に「ニ」とか「ヤンナ」がよく付く。名古屋弁とは少し異なる。川村市長の名古屋弁は堂々として聞こえる。
 そういえば生粋の上方の友人に、三重弁は大阪弁とも違うとよく言われた。伊勢弁となると更に方言色が強くなる。同じ三重でも「アンナ」は、伊勢弁になると、「あんなぁ」と柔らかい。とても悠長に聴こえる。伊勢は伊勢湾の暖流の影響があるのか、温暖で雪が少ない。伊勢はその昔、一生に一度は伊勢神宮のお参りする悲願の場所だったと聞いている。当時伊勢参りに行くとなると地元住民から餞別は貰えるし、食に瀕するときは杓子を持って歩くと御接待が貰えるらしい。この風習は四国のお遍路にも似通っている。憧れの場所と、この気楽さと温暖な気候が重なり、ゆっくりとした方言になったのではないだろうか。伊勢人の早口でない会話は、気持ちまでがゆったりとしてくる。ちょうど気取った京都弁に近くなるのである。横道にそれるが、それで思い出したことがある。たしかNHKのドキュメッタリーの報道だったと思うが、京都先斗町のおかみさんが賄さんに、それは急(せ)いて言わはった会話。
「あんたさん、ハヨシーャ」
それを聞いた時はとても驚愕したものだ。普段はしんなりとした話方を聞くことが多いからだ。方言は気を許した時に普段使いの言葉が出るのではないだろうか。姪は「エエヤン」で四日市弁と確信したのだと思う。
「つづく」

 本題に戻る。甲斐バンドの「アンナ」は「杏奈」という元カノを思い出した歌だった。爆音で聞くその歌のどこがいいのだろう? その歌詞を聞いているとぼんやりと振付が浮かんでくる。具体的な形にはならないが、イメージとして丁度フォーチュンクッキーのような振りである。もしかしたら何か他の歌詞にも合うのではないだろうか。
 途中豪雨が止み、車は繁華街の通りに入った。車が一挙に増える。手前の信号を右に曲がり裏通りに入る。前方に歯医者が見てきた。その佇まいは昔とほとんど変わらない。やや狭い駐車場に注意深く車を入れた。雨が降り続いている。玄関が目前にある。不安定な天気は傘を忘れやすい。何も持たず小雨に濡れながら歯医者の玄関の扉を開けると診療室があった。診療を終えたらしい患者の婦人が一人、会計の準備をしていた。どうかしたのか小さく咳を始めた。誤飲でもしたのかと様子を見ていると咳が止まりそうもない。マスクはしているが口から外している。口元に腕か手をあてる様子もない。あわてて三密を恐れ玄関の外に出た。怪訝そうに看護師が待合室から外を覗きながら受診を促した。医師が不機嫌になったとは考えられないが、虫歯を削る力がゴリゴリとして、若干強かったように感じた。三密防止で一旦外に出ると一言断れば良かったと後悔したが遅かった。
 人はある年齢になると歯が弱ってくる。必然的に歯の治療頻度が増す。美容室の場合、予算の都合やスタッフとの相性や髪型の好みや不向きがあるように、歯医者ほどその適合性に時間を要する病院は少ない。いくつか残る健康的な歯を維持するために、不具合の歯を多少犠牲にしながら、病院との相性を見極めなければならない。悪い歯といいながら削り取るうちに、ついには入れ歯となる。当然慎重に治療の様子を見ることになる。美容室と異なる所は見た目は重要ではない。大事なことはわずかな歯をいかに残すかだ。
 久しぶりに良い歯医者に世話になったと思った。どういうところがというよりも、直感である。難しいことは分からないが丁寧な仕事ぶりに感じ入った。歯の治療の放浪をしていると自然に直感が働いてくるのであった。
 その帰り、雨はまだ止んでいなかった。既に夕方ではあったが本屋へ寄ろうと思った。以前から愛読していたNHK講座の漢詩の冊子を読み終えたところだった。未だに詳しいことは理解しかねるが、漢詩に魅かれる所が幾つかある。その一つに歴史の中を駈け抜いて来た偉人たちの当時の気持ちは、漢詩によって生々しく残されている。更に漢詩を詠ずる感情は、往々にして二文字、つまりたった二文字の熟語によってて壮大な思いを表現する所にある。適切とは言えないが、例えば「寄欄」という文字からは、川に掛けられた橋の欄に、遊女が寄り添う姿が漂ってくる。漢詩の文字のから生じる想像は、音読の詳しい読みの範疇を超えるのである。
 帰路を急ぐ車両の流れに任せながら、道沿いにある白揚書店の駐車場に入った。雨のせいもあるのか駐車場は空いていた。書店の講座のコーナーに立ち寄った。何か興味深い他の講座がないかと思い書籍をあさっていると、なんと置いてないと思っていた漢詩の続きの講座、「漢詩をよむ」という冊子があった。更に「法華経」講座という冊子も一冊残っていて、ついでにそれも購入した。これでしばらくは趣味の読書を楽しむことが出来る。
 スマホもいいかもしれないが、たまには本屋もいいと思う。
 本はなんといっても一ページが広い。病院の待合室や、身体のリハビリには欠かせないのである。

どうか明日も、
良い日でありますようにーー。
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ヤマボウシの白い花

ヤマボウシの白い花 200629(月)晴れ

初夏の朝が広がりました。
強い日差しのなか緑が眩しく輝いています。
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梅雨の間も咲き続けたヤマボウシの白い花が魅力的です。
あすから再び雨が降るのだとか。
部屋がじめじめして洗濯ものも乾きにくくなります。
それでもやっぱり梅雨だから、雨は降って欲しい気もするのです。
そんな朝でした。

コロナまだまだ油断できません。
お気をつけくださいねー。

「ガンバレ、クモ」

 「ガンバレ、クモ」 200626(金)曇り

 2020年の昼間の時間が最も長い夏至は、6月21日(日)でした。
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 今日の天気は一日中不安定でした。突然豪雨が襲ったかと思ったら、雲を破って晴れ間が覗いていた。夕方になると重そうな雨雲の塊が、西の空にどっかりと居座っていました。
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 雨雲の向こうには雷電達の楽園が広がっているのでしょうか? 火に焼けたような空が印象派の絵画のようでした。夏至から五日が過ぎ、これから徐々に昼が短くなってきます。午後7時半、夕(ゆう)マズメ時。今まさに夕闇が迫ろうとしています。
 マズメ時とは、魚が最も活発に捕食する時間帯を言うそうで、転じて日の出・日の入りの前後を指すとか。
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 このころになると南の空に、近くを流れる「竹谷川」の方からオオサギが飛んできます。小川は別名「ほたる川」とか呼ぶのだそうで、誰が付けたのか情緒深い名前です。まさかこんな時間に食事に出かけるとは思われません。遅くまで一日の捕食を終え、帰宅するのでしょう。それが南の方からだけ飛んでくるのかと思うとそうでもなく、北の方からも飛んでくる。ある時は一羽で、またいつの日かは番(つが)いでした。そう、番いではなくただの友達かもしれません。もしかしたら親子かも? 空が暗くなり二羽並んで飛びながら、大きな鳴き声を掛け合うのです。
 「おかあさんは、ここよ」
 とか言っているのかも?
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 上空十メートルぐらいを飛んでいるし、翼も大きい鳥でそれなりに飛行が早い。来たと思ったらあっという間に視線から遠ざかる。一日の終わりの黄昏(たそがれ)の場所、コウクンパティオのベンチからの眺めでした。そう、サギの下の光は月です。
 ちなみにモザの日常では場所の特定をするために、それぞれの場所に名称を入れています。コウウクンパティオは、夕方の黄昏ポイントなのです。
 パティオの名前の由来ですか?
 それは、ヒミツです。
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 突然興味深い生き物が現れました。マズメは魚だけではなかった。 目の前にいたのは蜘蛛。雨上がりのマズメ時、糸を張って獲物を狙っていました。
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 暗くてピントが合わせにくかったのですが、なんとか映っていました。 多分お腹空いていると思いますよ。網を張った場所が見た感じ、虫の捕れそうなところではなかったのでーー。
 それでも負けるな、がまんです。
「ガンバレ、クモ」
 夕闇が村里を包み込んできました。
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 コウクンパティオのソーラー照明が光り、一日が終わります。

 それでは、
 お身体ご自愛くださいませ。

梅雨の中休み「大切な日」

梅雨の中休み「大切な日」

 数日曇りがちな天気が続いています。
 蒸し暑い日が続くとつい、エアコンンをつける。冷房は冷えすぎて肌が痛くなるので除湿にする。当然快適になるのでテレビなどを見入ってしまう。世間ではみんな汗水流して職場で奮闘しているというのに、いいのか悪いのか一日過ぎていくのです。特にお年寄りにおいては出来るだけクーラーを付けて家にいるようニュースでも呼び掛けられています。申し訳ないところですが、我々も以前は経済高成長の一端を担って歴史を残してきました。単に年を取ったわけでは無かったのです。同様に若い人たちも家に帰ると一家の主だったり主婦だったりする。仕事と家庭と子供の育児に奮闘してみえると思います。辛いでしょうが、実はその多忙な仕事と子育ての時こそ人生で最もエネルギッシュで楽しい時代なのです。
 喜劇王のチャップリンが「人生は近くで見ると悲劇だが、高く俯瞰してみると喜劇だ」とか言ったと聞いています。相反する軌跡、つまり悲劇と喜劇は、物事の考え方や見方によってどちらでもあるということ、言い換えれば悲劇は喜劇、喜劇は悲劇、不幸は幸せ、幸せは不幸というのかもしれません。時代が進み廻りの人間環境や社会環境が変化して価値観などが変わっても、変わらないものがある。そういう中で過去を振り返ってみた時に、過去の辛さは未来の喜びにはなりえないとは限りません。
 「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」と詠んだのは松尾芭蕉。機会があれば俳句に触れてみるのも良いかもしれません。
 「古池や 蛙(かわず)飛び込む 水の音」は松尾芭蕉の俳句です。蛙は「かわず」と読みます。芭蕉にとって旅は一生の仕事でした。おくの細道は芭蕉が晩年を迎え、これが最後と意を決して出立した旅でした。過ぎ去る時間は旅そのものです。旅はリスクと驚きの連続です。そしてそこには出会いの人を介して喜怒哀楽を伴い、筋書きのないドラマがあります。当然その過去の出来事は、未来においては笑いと喜び等、時には感動さえ呼び起ことさえあります。人生がドラマとするならば、辛いことがあるとその次には必ずいいことがやってきます。それがチャップリンのいう悲劇と喜劇というのではないでしょうか。
 今が大事だと思います。今日の悲劇は明日の悲劇ではありません。未来の喜びです。あなたの知らない誰かがあなたを応援しています。前を向いて今日を過ごしてください。
 今日は、自分にとって大切な日と思って・・。

明日も良い日でありますように--。

ツーリング

エッセイ「ツーリング」 200623 (火)

 その日は風のない暑い日だった。こういう日には外の作業は出来ない。といいつつエアコンを付け、室内で何もせずに過ごすほど退屈なことはない。健康な体に申し訳がないし精神的に罪悪感も伴う。
思い立ったのはツーリング。コロナ予防のために長い間外出もしていなかった。庇の下に放置してあった自転車を取り出した。タイヤの空気はほとんど抜けていた。車体には埃や油汚れも付着している。美観的にこのまま乗車するのははばかれた。とりあえず汚れを落とさなければならない。車軸や車輪のリムも拭いた。大方の汚れが落ちたところで乗用車用のワックスをかけた。鈍い光が蘇ってきた。車輪やチェーンに機械用の油を差して部品の動きを滑らかにすると、久しぶりに自転車らしく見えてきた。サドルの高さを微調整し、とりあえず整備を終えた。
 出かける準備を始めてから一時間ほどが経過していた。リュックにパソコンとスマホとお茶を入れ路上に出た。ツーリング用の衣服も大事だと思うが、とりあえず身に着けたのはランニングシャツ一枚。当然ヘルメットとサングラスは装着する。日差しは強いが風を切る自転車は爽快だった。
 目指すはスターバックス。いくつかの集落を眺め、たまには空を、また沿道沿いに広がる田圃や畑を眺め、道路に覆いかぶさる木々の枝の下を潜り、滔々と流れる用水路の水を追いかけながらペダルを踏む。道は舗装され、しかもフラットに近いほぼ下り坂だ。急ぐ理由もない。この目の前に流れていく景色を体感しながら、映像に残せない残念さも同時に感じる。
 道中約半分ほどのところまで来た。立ち止まり腕時計を眺めた。三十分が過ぎていた。この分だとあと三十分ほどで目的地に着くだろう。脇道からバイパスに出た。通勤時間帯以外は車両の交通量は比較的に少ない。伊勢湾に向かいながら緩い傾斜が続く。田植えを終えた田園風景が流れる。その遠く向こうにこんもりと茂った森と神社が見える。急な用事がなければ寄り道してみたいほど静かな風景だった。今日の目的地はそこではない。平日見慣れた景色がゆっくりと過ぎ去っていく。
 信号待ちをしていると、大通りの向こう側に世界共通のスターバックス看板が見えてきた。見慣れているものの、立ち止まって見るような景色でもない。物珍しさもあって写真を撮りたかったが、信号が変わりそうだったので撮るのを諦めた。その小さな心変わりは、たちまちに乾いてしまう日向の雫のように新鮮だった。
 変哲もない日常の景色。今日のツーリングから流れる景色は普段より遥かに遅かった。

 静かな晩だった。西の空を眺めた。
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 綺麗な上弦の月だった。
 改めて、一日も早い日常が戻ることを願ってやまない。

豪雨

豪雨 200618(木)雨

突然バケツをひっくり返した雨が降って来たかと思ったら、あっという間に止んだ。
まるで雨が息しているみたい。
マリーゴールドがづぶ濡れになっていた。
花びらが大きくて、頭が重そうだ。
申し訳ないが、かつてこの花は好きではなかった。
動物などでも、生きている所作が荒いと触れたくないし、
優しいかったり美しかったりするとつい見とれてしまう。
身勝手な好みだと思う。
過去に見てきたマリーゴールという花は、不幸にも美しくなかった。
そういう思い込みもあって、この花は醜いと誤解していたようだ。
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ところが今、庭で満開に咲いたマリーゴールドを観てすっかり虜になった。
蕾は途切れなく開花し、咲いた花は大きくしかもいつまでも美しい。
今ではとても気に入っている。

以前にも何度か書いたが、ゴムの木がまさに生き返った。
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枯れる寸前だったころ、葉が四枚しか残らなかったので「しまいの木」と呼んでいたが、今ではすっかり葉が茂っている。
しげりの木と呼ぶことにしようかな?
病気などしていないかと、毎日気遣いながら観ている。
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先日知人からアジサイを頂いた。
大きな白色と青色の花びらだった。
網膜一面がエメラルド色に染まりそうだ。

雨が上がったら畑でも耕そうと思う。

油断は禁物

油断は禁物 200616(金)晴れ

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二度目の巣で生まれた卵が何者かに襲われた。
おそらく他の野鳥の仕業だと思う。
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数日間続いた雨が上がり、久しぶりに青空が広がった。
空気が澄んで、窓からの眺めが眩しい。
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花は咲かなかったが、伸び放題の菊がたくましく見えた。
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今年二月に植樹したミモザは、この春で六十センチほど伸びた。
成長の大きな勢いを感じる。
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パンジーが終わったと思ったら、ダリヤが顔を出した。
「お久しぶりー」
と言ったかどうか分からないが、花びらがそんな顔に見えた。
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梅雨の晴れ間に、薔薇が澄ました顔をしていた。
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待ち望んだジャガイモの収穫。
無事に終えてほっと一息。

コロナはどこなの?
まだまだ油断は禁物です。
明日も良い日でありますようにーー。

梅雨の合間のつぶやき

梅雨の一休み

久しぶりの青空です。
蒸し暑い空気が庭いっぱいに広がっています。
窓の外から白い花が輝いていました。
「あれはハナミズキや」
「違う、あれはヤマボウシ」
モザのマダムシェフと争ってきて早や十年が過ぎました。
どんなに花の特徴を説明しても互いに譲れなかったのです。
美しい花を眺めながらもう一度説明を試みる。
葉の形の特徴については、 ハナミズキは大きくヤマミボウシは小さい。
花の特徴は、ハナミズキはやや丸味をおび、ヤマボウシは槍(星)形。
従ってモザ庭の木はヤマボウシである。
と主張してもマダムシェフは認めない。
やはり頑固です。頑固でなければ何事も続けられません。正しい選択です。
そこで登場したのがスマホ。
天下のジャジメンターです。
「パチリッ」
判定は?
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「ヤマボウシ」
でした。
「フウー」
時間かかりすぎです。

それでは梅雨の合間のつぶやきでした。

梅雨

梅雨 200614(日)雨時々晴れ

梅雨のころ、植物が美しい。
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緑が冴えるアイビー。
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梅雨を浴びるカサブランカ(だと思いますが、後でスマホで調べます)
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濡れた花びらが優しく見えるのは気のせいでしょうか?
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夕日に染まる赤い薔薇もいいが、
梅雨を受け止める薔薇に心が和むのはなぜ?

しばらく続きそうです。
コロナですっかり疲れてしまいました・・・。
花たちと一緒に、ひと休みしませんか?

PS
同人誌「きなり」90号のゲラ刷りが出来ました。
来月には出版されそうです。
残念ですが90号で廃刊となります。
年2回発行されてきました。
小さな同人誌ですが、大きな文学の歴史を残しました。
例え短かい期間だとしても、その歴史の一日を刻んだことを誇りに思います。
最終回の発行がたいへん楽しみです。

ツバメのお宿

ツバメのお宿 200605(金)晴れ

夜になるとみんな家へ帰るのです。
人も子供も鳥もみんな帰ります。
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ここは庭の防犯カメラの上。
雛を孵らせた親ツバメが夜過ごす場所。
いつもは夫婦で止まっています。
一晩泊まるとしても、もっといいところがありそうな気がするのですが・・?
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この壁は玄関で、雛が巣立ったところ。
いつもは三羽の雛が戻って夜を過ごす巣です。
なぜか今晩は雛が一羽も戻っていない。
心配そうに母燕が一人待っています。
もう外は暗いしどうしたんだろう?
きっと、日一日とうまく飛べるようになって、楽しくて帰宅が遅くなっているのかもしれない。
子供ですね。
昔昔のこと、子供の帰宅が遅くなって、心配のあまりやっと帰宅した子供を叱責した記憶が蘇りました。
お願いです、ママツバメ、子供をしからないで。今度はきっと早く帰るからね。

PS
なぜ雄ツバメが外で夜を過ごし、雌ツバメが屋根の下の巣で雛ツバメを待つのかお分かりでしょうか?
身体付きが一回り大きいのが雄、雌はやや小さいこと。
なんといっても巣作りする時に、つがいで相談して場所を決めるのですが、雌がウンと言わなければ巣の場所は決まりません。
雄はいろいろな場所に少しだけ巣作り用の泥を付け、雌の顔色を伺うのです。
その間の雄のさえづりの大きいこと。
「ここどう?ここはダメ?」
雄はいつも必死なんです。
雛が大きくなって巣が手狭になると、夜父燕は壁に爪を掛けてぶら下がって寝るし、
又雨や風が強い時には自分の羽根を伸ばして雌燕や雛を被うのです。
献身的な父燕、もはや親友でしょうか。
何をしていても理解できるのですから。

夕焼けは平和の恵み

夕焼けは平和の恵み 200603(水)晴れ

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夕日が落ちるころ
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誘われるように玄関へ出た
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モザの壁が蜂蜜色に輝き
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白薔薇は黄金色
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ドクダミの白い花が深みを帯びた
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ため息をつきながら近づくバスの光に人影無く
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帰宅を急ぐ子供達からオーラが溢れる
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夕焼けは平和の恵み

明日も良い日でありますように
プロフィール

モザマスター

Author:モザマスター
キャフェ ド モザのマスターです!
担当はドリンクとフロアのサービスです。
花の愛好家です。
季節の花の写真をアップしています。
キャフェ ド モザのホームページ:www.cafedemoza.com

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