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テーマ色 『一つの相違点』

「ダンさん」の1800字エッセー  テーマ色 『一つの相違点』 200826(水) ダンヒフミ

 面白くない話題を考えようと試みる。そう考えていると思考が迷路に入る。迷路に入ると思考の悪魔と同化する。同化すると面白くないことが面白くなる。そうなるともはや変人と呼ばざるを得ない。変人は、実際には面白くないのに自分だけが一人面白いと思うので、周囲から変な目で見られる。更に書き続けると周囲から疎外される。そういう日が続くと鬱になる。鬱になると薬を飲む。薬を飲むと気分が良くなり元気を取り戻す。元気になると何かしたくなる。何かしても薬の効用で疲れの程度が理解できない。気分が良いのでとりあえず机に座ってペンを持って物書きをする。主題も決めず取り留めなく書き続けるうちに脳の思考は悪魔と同化していく。思考はもはや迷路の中にいるのである。今まさにその状態にありながら、随筆のテーマ「色」についてあれこれ考えていた。隣人から疎外されつつも、思考は迷路の領域にあり、やがて脳の核へ侵入すると突然変異を起こす。
 そこで最初に思い浮かんだのが『色情』だった。確かに色ではあるが、品性に欠けるので出来るだけ避けたいところである。江戸時代に書かれた草双紙『好色一代男』などは、題名からして興味深い。同じ言葉でも『色魔』などはもはや死語に近い。『色欲』に至ってはいずれ忘却へと向かう。『性欲』はホルモンに比例し、その分泌量の多い時期はコントロールに苦労する。徐々に気が重くなってきた。話題が暗い。もっと楽しい話はないものだろうか。そういえば好きな色があった。ずっと昔から紫色が好きだった。花で例えるとショウブやアヤメなどの色である。紫色はどちらかというと、神社仏閣の幕や衣など、神事によく使用されることが多い。お清めの色、又は神聖という意味合いで知的なのかもしれない。紫で湧いてくるイメージもある。紫式部さんと言えば紫を思い浮かべるが、あくまで勉学の域ではなく、イメージの世界である。紫に憧れることに変わりない。また薄紫色においては、観ているだけで心がロマン化する。ロマンが脳内を独り歩きするのである。例えばライラックの花は恥じらいのロマンとなる。枝先に無数に広がる小粒の花びらに顔を近づけると、鼻孔にかすかな香りを感じる。その微香なところが実にいい。奥ゆかしい香りは瞬時に感情の 覚醒を始め、しいては花に恋をし、空想のロマンが心を支配するのである。
赤色にも好きな色がある。彩度の高い赤よりも、むしろ僅かに紫の入った赤色がいい。服飾の世界では、ほどよい赤色は、独自性のあるブランドとなる。
 困難な色の再現と言えば黒色かもしれない。微細な紺あるいは緑色を混入した黒もある。冠婚葬祭の黒色は庶民的な黒と言える。アルマーニの黒色はハイソサエティーで魅力的に見える。同様に山水画の黒色は心が穏やかになる。勿論画家の筆力にもよるが、墨色自身の持つ感性によるのではないだろうか。そういえば色の三原色の赤、緑、黄を混ぜると黒になる。有彩色を突き詰めていくと黒になる? 論点は飛躍し、すべての有彩色は行きつくところ黒色となり、暗闇となって色そのものを消失していく。もはや色は瞑想の世界へ誘われていく。
 『色』という原語の意味を別の視線から思考してみた。思いついたのは『色即是空』という古典的な仏教詩。漢詩をそのまま読むと、『即ち色はこれ空』となる。仏教哲学の中でも最も難解な一節ではあるが、色はあるが見えないという。ここでの『色』は色彩の三原色ではなく『物』、つまり物体や形を意味している。言い換えると、形は見えないものということになる。つまりこの場合、色は人の観念の中にあり実際には見えない。
 ところがその色が見える場所がある。ほぼ人の肉体が死に近づく時におよそ見えてくる光や景色である。その景色は、人の生命力の限界に近い所に存在する。金色(こんじき)の神々しい光と、美しい花の中に包まれるらしい。一度死亡して、その後、奇跡的に生き返った人の話に多く聞かれるという。実際に見たことはないので確信は持てない。スポーツのアスリートの間では『ヘブン』と呼ばれ、静寂で崇高な世界と聞いている。これも体験したことがないので本当のことは分からない。
古来人はこの光に憧れた。それほど美しい所ならば、できれば生きながら観てみたいという願望が出てくる。願望はやがて『即身成仏』への道へと繋がり、生命の永遠の課題となった。難解な世界なので深くは語ることが出来ない。ここで筆を止めよう。筆者にとっても読者にとっても時間の浪費に近い。しかしながら一つの相違点がある。唯一筆者は至福の世界にいたのである。(ダン)
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健気(けなげ)さ 檀桃源

エッセー 「健気(けなげ)さ」 200825(火)晴れ 檀桃源

 久しぶりの散歩だった。陽が落ちるのが随分早くなった。西の空を見上げるとまだ昼の明るさが残っている。そうだ散歩に行こうと思い付いたらもう、ゆっくりとしていられない。いそいそと車を出し、向かったのは一本松だ。三滝川上流にある川沿いの散歩道の終点に立っている木、それが一本松である。
 既に野山は夕闇におおわれようとしている。散歩道は行き交う人も少ない。途中老夫婦とすれ違った。
「涼しくなりましたね~」
「ほんとですねー」
挨拶の声が風に流された。

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 夏の間日照りが続き、すっかり干しあがった川の岸辺に立ち上流を眺める。剥き出しになった白い石や砂の間にできた小さな水たまりが、所々空を映して光っていた。その水場に群がる水鳥達の生きる姿に、厳しさと健気(けなげ)さを感じる。

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 川床に溜まった水には黒い藻が生え、決して美しいとは言えない水たまりを覗く。行き場を無くした小魚の群れが、身を寄せ合いながら泳いでいた。

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 狭い水たまりの廻りには水鳥達が群がっている。鳥は急遽現れた餌場を確保していたようだ。魚たちは徐々に上昇する水温にたえながら、いずれ野鳥の餌となるか、川砂の底に埋もれるのかその未来は想像できない。わずかに残された水中で右往左往する魚たちの姿に、運命の悲哀も感じないのは非情というのだろうか・・?
 良い散歩の出会いだった。

 明日もおげんきにお過ごしくださいませ。

夢 「二人の男」 

「ダンさん」の1800字エッセー  テーマ夢 「二人の男」  ダンヒフミ

 男は還暦を迎え会社を退職した。あと五年勤続を勧められたがとりあえず断った。名前を望出翔(のぞみで しょう)という。翔君は、体力よりも気力が衰退していた。あまりにも長く関わってきた会社のクレーム処理に疲れたのである。しばらく休みをとってから、旅行を楽しみたいという希望を持っていた。入社以来の同期の友人にそう話したら、自分も旅行に行きたいと言って一緒に会社を辞めた。友人は叶結芽造(かのう ゆめぞう)という。退職してまもなく、結芽造君の体調が悪くなり、二人で旅行には行けなくなった。あっけない老後の希望に翔君は落胆した。しかし翔君の希望は他にもあった。健康でありたい、或いは彼女が欲しい、出来ればお金も欲しいなどなど。希望は年齢が増すごとに強くなっていく。希望はあるのに夢がないというのは何かがおかしい。昔少年よ大志を抱けという座右の銘を聞いたことがある。しかし老後はもはや大志を抱かない。大志を持つとそれを支えてくれる周囲に迷惑をかけるからだ。慎みを持って生活をしなければならない。むしろ夢を持ってはいけないのかもしれない。翔君はそういう考え方は余りにも空しいと思った。夢がだめならせめて希望だけは大きく持とうと思った。そこでこの自由な時間を一緒に楽しむ彼女を作ろうと思った。しかし長年仕事ばかりしてきたので、異性との交際は得意ではない。翔君はとりあえずカラオケで今流行りの歌の練習をした。歌は得意ではないので曲のレパートリーも増えなかった。酒は弱かったが、お酒の種類も少し覚えようとスナックにも通った。すぐに酔うので覚える所まではいかなかった。スナックのスタッフが若くて可愛かったので楽しかった。その分費用も嵩み長くは続かなかった。それでも彼女が欲しかったので、会員制の合コンにも行った。参加者は結婚又は再婚希望の人が多く、友人として付き合う希望の女性は少なかった。翔君は希望の範囲を縮小した。カラオケは誘われたら付き合う程度、宴会の酒はコップ一杯で場を盛り上げる。合コンはあえて避け、グループ旅行は出来るだけ参加するように心掛けた。おかげで仲の良い女性友達もできたが、友達以上でも以下でもなく、彼女までには至らなかった。それでも以前より楽しくなったから翔君はいいと思った。翔君の希望は現実となったのである。
ところで友人の叶結芽造君はその後どうしているのだろう。彼の病気はやはり仕事のストレスが原因だった。そこで結芽造君は長野県のある温泉付き保養所で三ヵ月ほど療養することにした。空気も新鮮で、味噌や豆腐など自然食材の料理も懐かしい味がして美味しかった。長湯はせず、朝昼晩と一日三回温泉に浸り、体調もかなり回復した。切望していた旅行もそんなに行きたいと思わなくなった。温泉療養を終え、結芽造君は自由な時間が増えた。読書や工作、園芸など勧められても興味が湧かない。一層のこと知合いの薦める新興宗教に入り、心の糧を求める案もあるかもしれないが、その先の世界に老後の輝きを感じない。困り果てていた時、夏のジャンボ宝くじが脳裏に浮かんだ。結芽造君は退職金で夢を買おうと思った。元来勝利確率の悪い宝くじは性に合わなかった。おそらく仕事でも一貫して正直さと堅実な性格で通した結果、無理が重なり身体を壊したに違いない。三ヵ月間の温泉療養で健康を取り戻しふっと夢を描いた宝くじ。たまたまあった自由な時間と僅かなお金を持って名古屋に出かけた。初めてのクジの購入店には拘った。簡単に地元で済ませてはならない。人口の多い大都会で買おう。購入する金額は控えめにして、通し番号で十枚、バラでニ十枚とした。問題は購入する場所だ。とりあえず名古屋駅前の地下街に向かった。そこは地下鉄の乗車客や商店街の買い物客で溢れていた。チケット購入客らしき人が売店の前に途切れなく立っていた。結芽造君は売店から少し離れてしばらくその様子を凝視した。窓口には人が絶えないが、ある時期だけ空白になる時がある。結芽造君はすかさず券を購入した。
それから半年が過ぎた。すっかり忘れていたある日、古い新聞を開けたら宝くじの番号が掲載されていた。なんと一等と前後賞が当たっている。心臓が止まりそうになった。結芽造君は思った。このクジのことは誰にも話さないでおこう。当たったお金は全部貯金して、生活はこれまで通りにしようと。そして後日、結芽造君は勝因を振り返ってみた。まず夢を描く。曖昧な気持ちで行動しない。集中する。他人に話さない。無駄使いしない。
結芽造君は学んだ。夢は敏感でシャイであると。

ー了ー

1800字エッセー 「平成」

「ダンさんのエッセー」 1800字エッセー 「平成」 200822(土)晴れ

ダンさんの1800字エッセー集です。
陽が和らいだのかシオカラトンボトンボを見かけるようになってきました。
しかしまだまだ安心して外には出かけられません。従ってダンさんのブログもネタ切れになってきています。早くどこかに出かけて、新しい空気や景色に癒されたいものです。今日からは過去の同人誌に掲載されたエッセー選集を順次アップしていきたいと思います。
どなた様もお身体にお気をつけながらお過ごしくださいませ。

エッセー 
「平成」 ダンヒフミ

運が良かったのかどうか、昭和と平成の時代を過ごしてきた。運が良かったというのは、日本が戦後の壊滅的などん底から這い上がってきた時代に、幼少期を過ごせたことである。昭和二十年頃、なぜか日々は常に空腹で、下校の時には決められた通学路を歩かず、わざわざ回り道し、野山の食材を探しながら帰宅していた。親たちは肉体的な疲れの残るなか夕飯の支度をする。七輪の火起こしから始めるとなると料理にも手間がかかる。子供の主な仕事は普通勉強ではあるが、とくにやったという記憶がない。基本的には遊ぶことと、少しだけ家の手伝いをする。その手伝いをしないと生活がうまく起動しない。分担や役割で不都合が出ると、当然父親のげんこつが飛んでくる。父親の馬革製の兵隊バントの仕置きは子供には特に怖かった。子供は夕飯までに、近くの井戸から事前に水がめに水を汲んでおく。背が低いので桶が地面を擦って手を焼いた。離れに飼っているヤギの餌は夕方までにやる。近くに生えている雑草で、春は若草が身近にあるが、秋深くなると雑草は枯れてきて、徐々に遠征することになる。ヤギは腹を空かすと親の帰宅を知るや否や、メーメーと泣き出す。飼い主の主に空腹の現状を訴えるべく鳴いて知らせるのである。餌やりをサボった子供は、すかさず小屋の中に入り、ヤギの傍に寄り添い、鳴くんじゃないと膝で横腹に蹴りを入れる。ヤギは痛いので鳴き止み、空腹を我慢をしていた。なんと可哀そうなことを・・・。しかしながら、一日の労働を終えた父親は疲労のせいで、げんこつが出やすくなっている。ヤギには今日のところは我慢しろと無言で伝える。それでも悪いと謝った記憶はない。誰もが何事も耐えるという生活姿勢こそ、家族の証しと思っていたのであろう。
時間があれば週数回も沸かすことのない風呂の燃料の調達は子供の役目だった。燃料は古材や石炭で、高床になった縁の下の在庫を確認し、不足してくると、手作りの木製の台車を片手で引き摺りながら、上を向いては空の雲の形を眺め、下を向いては地面に落ちている鉄屑などに目配せしながら収集する。雲はドラマチックに浮遊し、鉄屑はある程度集まると屑屋に売って小遣いにする。燃料は決して盗んだりはしない。一度近所の家の庭の柿を盗んで食べ、家主に捕まった時には、父親にこっぴどく叱られ、夕方家主に一緒に連れて行かれた。盗みは親の恥だったに違いない。それ以来近所の庭先になった柿は盗まなかった。空腹は日常茶飯事で、誰もいない山の中の柿は存分に食べた。たまたま畑に来ていた地主に見つかり、その時は一目散に逃げた。その晩ゆっくり寝れなかったと思う。不思議なことに、そのころ宿題をした記憶がない。
授業中はいつも窓の外を眺めていた。小学校は山里の、なだらかな傾斜する中腹の広場に建っていた。春には雑木の森の新緑が輝き、夏は広葉樹の濃厚な緑が強い光を放っていた。秋は起伏に沿って、数百色もあろうかと思われる紅葉が、絨毯のように広がっていた。授業中は勉強どころではない。その美しさに窓の外の景色に見とれていた。午後校舎の窓から差し込む秋の日差しは、特に緩やかだった。音楽の時間のオルガンの響きは秋の空に広がり、子供の心を優しく包むのであった。
なんと幸せなことか。
悲壮感など全くない。
昭和はむしろ幸せだったに違いない。

歴史上明治の政変は劇的だった。自己の存在の象徴だった髷と刀を、精神と共に喪失した。
それから大正昭和平成と時代は進み、150年が過ぎた。
過去の歴史の中では不幸な出来事もあったが、良かったこともある。幸せなことに、平成時代には戦争がなかった。
平成が終わろうとしている今、情報社会の進歩は著しいものがある。幸か不幸か、情報は一瞬のうちに世界に広がる。グーグル地図では、緯度と経度によりピンポイントで物体を確定することが出来る。ある意味個人は監視され、逃げることが出来ないという観点から恐怖でもある。光速に近い膨大な情報の拡散は、国境を越えて入り乱れる。
得意の妄想癖が始まった。
もはや近未来は国境の概念は過去のものとなり、自国の法規制がコントロール不能となる。しいては地球の国々は、宇宙のダークマターのように大国に吸引され、大きな塊りとなる。やがて未来の地球には単一の国がなくなり、住居表示は地球一丁目一番地から始まる。社会の最少単位である家族という核は分散し、その存在の価値も問われなくなった。
人々は平成の平和を懐かしむのである。

スイカと熊蜂

スイカと熊蜂 200819(水)晴れ

 猛暑が続くと野菜が枯れる。枯れるという言い方は野菜にとって無礼だと思う。枯れるというよりも、「では、失礼」といった感じだった。蔓の足元には枯れた部分の気品のある赤茶けた葉が、そして穂先に伸びるやや緑の葉は、まさに子孫を残さんとしているのか。枯れるというよりはむしろお役目御免と言った感じがしてならない。

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 スイカを植えたのは確か初夏だった。実りの時期をお盆に帰省する孫たちに合わせたつもりだった。スイカの花が咲いたら受粉を手伝わなければならないと野菜の本に書いてあったが、あえて自然に任せた。夏の盛りに咲いたスイカの花の廻りを蜂達が群れていたからだ。印象的だったのは熊蜂。彼らの身体は色が黒くて大きい。その太さはミツバチの二倍はあるだろうか。胴体ははち切れんばかりのボールの形をしていた。一見とても強そうで近寄る気がしない。それでもって愛らしくスイカの花の吸うのである。強面(こわもて)の優しさというのか、その芸術的なアンバランスに見とれたものだ。
 苗を植えたのは二種類で各々二株だった。合計四株になる。収穫時期を盆の時期とその後にした。一度に収穫すると食べられないとか思ったのだろう。初めて作るのに欲深い計画だ。畑に苗を植えてしばらくすると花が咲いてきた。午前九時頃までに三つ目の花の雌しべに雄しべの花粉を付けるとか? 気温が上がると雄しべが弱るからとガイドブックには書いてあった。 まあいい。そこは熊蜂達に任せようと思った。頼りになる蜂に見えたから。一苗から伸びた蔓は二蔓。一蔓に咲いた花はざっと十片とすると、二苗あるので咲いた花弁は四十片となる。数えてはいないの凡その話だ。

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 しかし実際に実ったのは一個。確率は四十分の一になる。二・五%である。概算としても収穫率が良くない。光熱費は太陽光で無料としても、原材料と水道費と労務費を考慮すると原価率はいかほどになるのか。このスイカは一体いくらに相当するのだろう? 考えただけでも愉快だ。無骨で美しい熊蜂といい、スイカの蔓の地面を這う姿といい、日照りの強い日の夕方に水を遣る気持など、物をを作るというのは趣味であれば、いくら原価率が悪くても心の満足度は高い。豊作の喜びは確かに大きい。しかしたとえ凶作で悲しむことは何も無かった。育てる慈しみはお金には代えがたいものがあったからだ。

PS
 創作小説「戸森元」が終わりました。退屈に耐えながら読んでいただいた皆様には感謝いたします。この後どうしようかと迷ったのですが、次回からはしばらくエッセイ短編作品をいくつか掲載しようと思います。それらは同人誌「きなり」に掲載された作品です。
 コロナで思ったように外出が難しい状況にある中、ブログの話題が激減しているこの頃です。少しでも気分転換なれば良いのですが・・・。
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Author:モザマスター
キャフェ ド モザのマスターです!コーヒーと庭と花の愛好家です。「モザマスターの日記」を担当しています。
檀桃源です。この窓を借りて「エッセーと古典」をシェアリングしています。

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