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創作連載小説「プレズムAI」 続(5) 

創作連載小説「プレズムAI」 続(5) 

(4)の荒筋
 順造は日記の記述内容の分類作業に入った。日記からは当時の世論や思想や流行などが蘇る。プレズムAIは一個体二百万メロン、合計二百二十万メロン、入力費の他三年間無料メンテナンス契約料三万メロンを入れ、最終的な見積の結果総金額二百ニ十三万メロンとなった。

 順造は事前に提示されていた見積書を徐(おもむろ)に開いた。無表情なWP1の目を見ながら値交渉を切り出した。
突然コンシェルジュ、WP1・フランソワは自社製品の希少性と優れた性能を滔々と説明し始めた。順造は思わずAIが誤作動を起こしたかと思ったが、WP1に深々と頭を下げながら、
「分かりました、良く分かっています。ですが予算が足りません。妻が他界し三年、その寂しさを埋めるべく仕事に没頭し寂しさを紛らわしてきました。その間無常の日々が続きました」
  順三の瞼から一粒の涙が頬を伝わった。順三はそのまま続けた。
「やっと辿り着いたところが御社のプレズムAIです。それは先に逝った妻を蘇らせ、心の空白を埋めるものでした。しかし現実は余りにも厳しい。もはや生きていく希望が消失しそうです。なんとか予算を押さえる手立ては無いでしょうか?」
順造は俯きながら胸ポケットから右手でハンカチを出して握りしめた。
WP1は黙り込んだ。商品の値引きのプログラムは通常組み込まれていない。購入者の予算と意欲と性格並びに過去の実績のデーターベースを考慮し、所属する会社のノルマと商談の成功と決裂の優劣性を検索し、契約の成否を即座に判断する。WP1の決裁は二つ、イエス又はノーである。順造は肩を落としてうな垂れ、購買意欲を消失しかけようとしたところ、突然WP1は新案を提案した。
「順造様、昨年度の旧タイプのプレズムではいかがでしょう。ソフトの性能はほぼ同等で、本体の外装デザインが少し異なるだけです」
旧型は角形で文庫本型、新型は楕円形のペンダントタイプだった。いずれもワイヤレスで携帯可能である。順造は即答した。
「それでは、その旧型で・・」
  諸経費入れて再合計二百メロンとなった。

 二ヵ月後の朝、データ入力とシミュレーション調整を終えたプレズムAIが自宅に届いた。寒い冬が過ぎ早春の頃だった。個体の名前は十志子の余韻を残しとりあえずトーコと呼ぶことにした。トーコの初期表示画面には、年月日と時刻の他に室内気温ニ十一度、湿度六十パーセント、炭酸窒素ガスレベル六、室内空気清浄率九十九・八パーセント、充電率百パーセントと表示されている。
「おはよう」
「おはようございます、初めまして順造さん」
「じゅんぞうかあ、ちょっとよそよそしくないかな? その名前以外に他に親近感のある呼び方はないの?」
「私は順造さんという呼び方で違和感はありません」
「そうだね、君の名前はマダムトーコ・帆波でどうだろう? ニックネームはトーコ」 
「それではこれから私はトーコですね。それではあなたをどう呼んだらいいのですか?」 
「僕の新しい名前はジュンゾー・帆波。普段はジュンゾーでいい」 
「分かりました。ジュンゾー。正式な私の名前はマダムトーコ・帆波、何気にお話しする時にはトーコですね。気に入りました」
「トーコ、きみなかなか個性的じゃないか。今“何気に”とか“気に入りました”とか、どこでそんな感情的言葉を学んだのかい?そういう原語の使い方はとてもいい」  
「ライフヒュージョンセンターのパラルーム室でお会いした時、あなたの右脳からの情報です」
「そんな、頼んでもいない情報を検索していたとは驚きだね」
「お許し下さい。それは私達の使命です。存在の根幹をなすものです」 
「存在の根幹か? まあいい、すべてはプレズムAI・マダムトーコ・帆波の存在のためというのだな。分かった。ところでトーコ、今日は寒くないかい?」
  順造はとりあえず会話を続けた。
「私ですか? そもそも個体ですのでサーモグラフで温度を標示し、数値によって寒暖を原語で表現することは出来ますが、体感は出来ません。あなたは寒いですか?」
 これが順三の期待していた日常トークだった。
「トーコ、とりあえず“出来ません”というよりも“ええ少し”とかいう会話の方が繋がりやすいよね。もう一つ、そもそも君と僕の間でデスマスの丁寧語は面白みがない。寒いですかというのは礼儀正しい言葉使いかただけど、普段はもっと砕けた表現でもいいよ。そうだね、例えばあなた寒い? とかね」
「そういう親密的な言い回しはまだ私の原語にはありません。でも必要ならば学習いたします」
「ありがとう。でもそう焦らなくてもいいよ。そのうちに馴れると思うから。そうだトーコ、僕が留守の時には出来るだけテレビを付けておくから、ドラマなどの会話を勉強してくれるかい?」
「指導と課題がアバウト過ぎますと」
「なんだね、その“過ぎますと”は、何語?」
「すみません、あなたの右脳に残っていた原語です」
幼いころ順三が使っていた方言と知り、順三はソファに肩肘を付きながらふんふんと頷いた。
「そうか、誰でも初めは良く分からないんだよ。そのうちに時間が空いた時に、君と会話の勉強に付き合う。とりあえず、暇な時にはテレビ等を観て欲しい」
「ほんとにいいの?俗悪的なテレビや映画を観ても」
トーコの会話が少しずつ親密になってきたようだ。
「それは困る。しかし教育的過ぎても面白くない。例えばNHKの子供番組や古典落語とかは話し手と表情が一致して理解しやすいかもしれない。人の愛情や憎しみの感情なら古典映画だけど“嵐が丘”などもいいよね」 
「ごめんなさい。つい反論して」 
「いいよ、トーコは十志子、十志子は僕の妻で、同じ価値観を共有してきた夫婦であり同志だろう。そうだトーコ、君との親睦を深まるために旅行に行かないかい?」
 窓から差し込んできた暖かい光が床を照らしていた。
 飛源五年、旅行は海外から宇宙へと広がりつつあった。少々の肉体的トレーニングを積むと月旅行にも参加できる。同時にインフラ開発も急速に発展した。海底リニアカーはハワイ島を経由し、太平洋を六時間で横断出来る。
  欧米も欧州諸国も身近になっていた。
「今流行りの月旅行なんかじゃない。未だに歴史遺産の街の残るパリだよ」
「うわ、楽しそう」

--了--

これで連載小説とエッセーは終わりです。退屈な作品を根気よく読んでいただきありがとうございました。読むのも書くのもどちらも大変です。それでも書くということは楽しいという点で読者よりも幸せかもしれません。幸せがあるということはその分だけ不幸があるのです。味方のいる数だけ敵がいるというのはローマ時代の王が言ったとか。犠牲の上に平和がある? 本当でしょうか? 理解しがたい現実が見え隠れしてきます。そこで暗いことばかりを心配するよりも、楽しい事を考えた方がずっと気持が晴れます。不安は希望へ、不満は試練とし、悲しみは励みに気持ちをコントロールする。これが未来へのプラス思考です。きっと楽しいことが待っているかもしれません。
それでは明日も、
良い一日でありますようにーー。
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創作連載小説「プレズムAI」 続(4) 

創作連載小説「プレズムAI」 続(4) 

(3)の荒筋
「ライフヒュージョンセンターへ、ようこそ」
エアカーテンを入ると同時にアナウンスが流れた。ホール空間いっぱいに芳香が漂っていた。
近年AIテクノロジーの進化は著しく、アンドロイドの様相も随分変化してきた。今日のコンシェルジュはパリジェンヌ風の女優だった。 WP1は髪を少し振り上げ、長く反り上がったまつ毛をゆっくりと瞬きさせて微笑んだ。
「それではアンドロイドではなく、プレズムAIですね」

(4)
「つきましてはプレズムAIの仕様ですが、会話の内容によって標準と特別な仕様が用意されています」
「特別な仕様と言われますと」
「標準仕様における会話の内容は、先ほどご提案いただきましたご挨拶の他に、もちろん家電のオン・オフ、お好みの音楽やテレビ番組などのチャンネル予約や選択も標準仕様に含まれております」
「では、特別仕様はどういう感じですか?」
「専門分野の情報を即座にピックアップできます。例えば歴史や物理化学など、ドクターレベルの学会誌掲載内容に対応しています。このプロフェッショナル・プレズムは当社独自のソフトです」 
「望んでいることが少し違う・・」
 順造はプレズムAIに深い専門分野を望んでいるのではない。希望は生前妻と交わしていた何気ない会話だった。アンドロイド、WP1は順造の意図を理解していない。会話の意味とその重要性を伝える必要がある。
WP1は順造にパラルームでのコンサルトを勧めた。パラルームとは、正式にはパラダイス・ルームと称し、いわゆる老後の夢を叶える部屋として使用される。
「ご都合がよろしければ、パラルームで更なる御希望の検索をさせていただきますが」  
 コンシェルジュのWP1・フランソワは、会話中における順造の瞳の網膜の血流変動から、提供した情報に満足していないことを分析していたのである。順造は脳波分析と称して電極ヘッドホンを付けられた。前頭葉から発生するアルファー波の検索の結果、順造の望むプレズムはライフタイプ仕様が適正だと解析された。標準として基本情報は入力されているが、その他個人の生活情報は自分で入力し、自ら望む人格を形成する。仕様の中で最もシンプルかつ原始的なプログラム構成に近い。魅力は個人情報の入力次第では個々の望むクローンに近い人格を再生できることだ。そうして形成されるAIクローンはまさにパラダイス的創造物だった。順造はイメージを膨らませた。工夫すれば妻と会えるかもしれないと。

「私もういいかなと思って」  
と言ってあっさりとあの世に逝った妻。もっと話したいこともあったという思いを抱きながら、ある探しのものをしていた。
「これだ」
 順造は妻が他界してからこの東側の部屋にはほとんど入ることはなかった。思い出すのが辛かったのである。書棚に膨大な冊子が重なっていた。B六サイズの小さな冊子だがかなり厚みがある。背表紙に金文字で「歳時記」と印刷してある。その下に小さく令和ニ十年と明記してある。掌の上で表紙を開いた。五年日記だった。
妻が若いころから日記を付けていることは生前から知っていた。病気や怪我などした日を除き、ほぼ毎日欠かさず書かれていた。既に記憶のない内容も多い。順造は時間の許す限りその日記を読み続けた。
読み始めてその年の春が過ぎ、夏と秋が過ぎたある日。朝日が室内の奥まで入り、三年間置いたままの家具を照らしていた。最後の歳時記の見返し紙に、落書きらしい似顔絵がある。三つ編みされた左右の髪に黄色いリボンが付いていた。にこやかな顔だった。よく読んでくれたと褒めてでもいるのだろう。
「・・・僕は君の日記を読んだのは一回だけじゃない。今日までに五回は読んだかな。おかげですっかり忘れていたことも思い出すことが出来た。もう君の思い出は暗記したかもしれない。もしかしてもう一度君と会えるかもしれないと期待して――」  
 順造は日記の記述内容の分類作業に入った。日記からは当時の世論や思想や流行などが蘇る。その内容は旅行、映画、演劇、コンサートなどの娯楽等、それらの情報を二十種類に分類し、個人用保存チップに登録した。加えてオプションのセンターの提供する広辞苑と漢和及び古典並びに流行語及び主要国六か国語翻訳等の辞典を周到した情報チップの購入を希望した。更に世界経済産業機構WEIMに加盟する各々の国ごとに、一か国当り教養情報として経済、政治、教育等十種類の専門情報を十カ国分選択した。オプションの専門情報は百種類となる。一チップ二千メロンで二十万メロン、プレズムAIは一個体二百万メロン、合計二百二十万メロン、入力費の他三年間無料メンテナンス契約料三万メロンを入れ、最終的な見積の結果総金額二百ニ十三万メロンとなった。一般サラリーマンの年収は平均二百万メロン。順造は今後の生活費を考慮し、出来れば平均年収以内に納めたかった。ニ十三万メロンの予算オーバーだった。月々の維持経費も考慮すると、高齢になってからの無謀な消費は避けなければならない。順三は意を決してライフヒュージョンセンターへ出向いた。

創作連載小説「プレズムAI」 続(3)

創作連載小説「プレズムAI」 続(3)

(2)の荒筋
 順造はIDカードを手首にはめ、エアタクシーを呼び、ライフヒュージョンセンターへ向かった。そこは老後や退職後のライフスタイルを設計してくれる。前方に雲を突き抜ける全面ガラス張りのビルが見えてきた。建物は地上二百八十五階建て。もはや一般的となったG(次世代)型超高層ビルの耐震性はM九まで耐えられる。

「ライフヒュージョンセンターへ、ようこそ」
エアカーテンを入ると同時にアナウンスが流れた。ホール空間いっぱいに芳香が漂っていた。その奥のカウンターには女子アンドロイドのフロア・コンシェルジュが二名、正確には二個体の美女が玄関入口の方を見据えている。カウンターの下から反射美顔用照明が、それぞれコンシェルジュの顔を照らしていた。笑顔は肌の反射効果によって知的で美しく親しみに溢れている。
「おはようございます。ようこそいらっしゃいませ。ムッシュ順造、今日は何をサポートいたしましょうか?」
「おはよう」 
 順造は以前からこのセンターを利用していた。名前は顔認識で識別され、瞬時に過去の診療記録が二個体によって解読されている。個人データ―は公共機関及び一定規模にある企業間で共有できるが、個人の意思により厳格に管理されている。アンドロイドは順三の同意のもと、本人の診療履歴を掌握していた。四年に一回、体内細胞再生治療を受けている。首の第五頸椎左右に二か所の挿入口が備え付けられ、普段はシリコンネジで蓋がしてある。挿入口の一つは体内細胞の再生を、もう一方は脳細胞活性化のためのアミノ酸補填用だった。再生治療は強制的な医療制度ではなく個人の自由ではあるが、治療は保険適用が可能だった。市民のほとんどは細胞再生治療を受けている。
 近年AIテクノロジーの進化は著しく、アンドロイドの様相も随分変化してきた。今日のコンシェルジュはパリジェンヌ風の女優だった。胸にWP1・フランソワという名札を付けている。Wは性別を、P1は人格一号を標示する。この個体も順造の好みだった。
「すでにご存じだと思いますが、妻が他界し三年になります。その間なんとか一人で過ごしてきました。しかし生きる希望が消失してきました。細胞再生治療を止める選択肢もありますが、この寂しさに耐えてみたいという気持ちも残っています。そこで思い付いたのが御社のアンドロイドです。よくテレビで広告を拝見しています」
 うんうんと頷きながら話を聞く左端に座っていたアンドロイド。どうやらコンシェルジュのリーダーのようだ。うんうんと頷くのは、順造の会話をよく理解を示しているというアンドロイド特有の動作だった。順造は完成度の高いアンドロイドだと思った。
「ありがとうございます。私たちは社会のあらゆる分野で活躍しております。決して人格を脅かすようなオーバーランをすることはありません。ビジネス上又は生活面における人の代行ではなく、基本的に寄り添うことを使命としております。ところで順造様はどんなキャラクターをご希望ですか?」
「すでにこういう年齢ですので、今さら新しいキャラを求めているのではありません。そろそろもう一人の妻がいてもいいのではないかと思いましてね」
「もう一人とおっしゃいますと、例えば若い奥様とか?」
「若くなくてもいいのです。過去及び現在から未来を周到する人格を持った妻です」
「それではお痩せになった時の奥様がよろしいでしょうか? それと全く異なる?」
「申し訳ないがアンドロイドは必要ではありません。欲しいのは人格だけです。つまり話し相手を望んでいます。生前の妻と日常会話を楽しみたいのです」
WP1は髪を少し振り上げ、長く反り上がったまつ毛をゆっくりと瞬きさせて微笑んだ。
「それではアンドロイドではなく、プレズムAIですね」
「プレズムAIというと?」 
「プレ・リアリズムの略語ですが、会話能力を持ったお話し専用のAIです。AIと言っても訓練することによって生前の奥様とほぼリアルにお話が可能となります。生前奥様は何か御趣味はおありでしたか?」
「そうだなあ、食べる事かなあ」
 思わず応えたが、振り返ってみると他にも色々あった。
生前十志子は若いころから器や茶器などが好きで世界の食器を収集していた。その器で家族や友人たちと食事やお茶を楽しんでいた。十志子は順造と同様に多趣味だった。長い間順三と付かず離れず、日々同じ方向を向いて生活を共にしていたのである。妻は情報収集とその読解力に優れ、その解説は適格で分かり易い。おかげで順造は不得意な芸能関係の情報を随分楽しむことが出来た。
 今望むことはその妻の再現。アンドロイドまでは必要としない。生前と同様、いや同様までいかなくても何気ない会話を希望していた。正確な復元でなくてもいいと思う。例えば朝起きた時は「おはよう」、「今日はよく寝た」とか、過去にいつも話していたように、「今日の夢は怖かった」、「それってどんな夢?」とか、つまらないことでもいい、時には生前のように他愛無い話題で妻と大笑いしたい。

--(4)へ続く--

創作連載小説「プレズムAI」 続(2)

創作連載小説 プレズムAI 続(2)  檀一二三  

荒筋 
飛源元年、西暦2060年、北極上空のオゾンホールは地球電離層表面の八分の一までに拡大していた。三年後妻十志子は、事前に登録してあったヘブンホスピタル、自己終焉病棟で先に逝った。順造の今欲しいもの、それは、
「AIアンドロイド・・・」

妻は早々にこの世に見切りをつけた。
仕事一本で来た人生だった。その間に多少の浮気心が生じたことがあったのは妻も承知していたが、最後の一線は超えていない。妻自身も周知のことだった。ただ妻はいかに年齢を重ねようとも、夫婦の間に他の女性が入ることは許せないと日頃から主張していた。
「私、もういいかなと思ってーー」
あっけない妻の最後の言葉だった。
「結局原因は僕なのか・・・」
すっかり冷めた食卓テーブルの上のコーヒーカップを片手で持ち、壁際にあるガラス食器棚の器を呆然と眺めながら順造は思いに耽った。三人の子供もそれぞれ家庭を持ち、その子供達も独立しかつ高齢だった。生きるために働いたのか、あるいは働くために生きてきたのか。この長い夫婦として暮らした時間は一体何だったのだ。妻と付き合い始めた期間を入れると凡そ九十年。確かにもういいかなと言われてもそんなにおかしい年齢でもない。そうだとしてもやはり空しい。
順造はIDカードを手首にはめ、エアタクシーを呼び、ライフヒュージョンセンターへ向かった。そこは老後や退職後のライフスタイルを設計してくれる。
手配したエアタクシーのドライバーはアンドロイドだった。車はADAS(先進運転支援システム)を搭載したCAV(コネクテッド・オートノマス・ビークル)車で、本来車は自動運転でドライバーは不要である。同乗したアンドロイドはライフヒュージョン社のアシストサービスの一つで、自然災害などによる緊急時の対応も兼ねている。ドライバーはその日のタクシー送迎プログラムによって自由に選べる。順造は美女の中でも少々運賃が増すが、往年の大女優アメリ風の運転手を指名した。
遥か北のほうに富士山の白い頂上が覗いていた。
ドライバーが話しかけてきた。
「今日は奥様とのご旅行ですか?」
順造はその質問に応える余裕もなく、しばらくは彼女の上質な笑顔を楽しむことにした。順造は無言で微笑みを浮かべ、流れる車窓の景色に身を任せた。
前方に雲を突き抜ける前面ガラス張りのビルが見えてきた。建物は地上二百八十五階建て、一階から九十九階までは官庁金融商業集合施設、百階以上はタワーマンションになっている。もはや一般的となったG(次世代)型超高層ビルの耐震性はM九まで耐えられる。
従来の市街地にあった既存住宅は、都市条例によってG型超高層マンションに集合され一都市を形成していた。その結果、町郊外は荒涼とした原野が広がっている。
産業AIロボットの普及は人の労働負担を軽減すると同時に、企業はAI管理のための高い能力を持つ人材を求めた。中間労働者層のニーズは徐々に減少し、新たに生じた経済格差は、新生児の出生率減少の大きな要因となった。人口減少対策は国の優先すべき政策だった。
センターのショールームは十階部分にある。その水平レベルは、温暖化による海抜ゼロ予定ラインでもあった。エアタクシーはその入り口のホールにゆっくりと滑走しながら停車した。

--(3)へ続く--

連載 創作小説「プレズムAI」(1)

連載 創作小説「プレズムAI」 檀 一二三

飛源元年、北極上空のオゾンホールは地球電離層表面の八分の一までに拡大していた。地上へ降り注ぐ紫外線は増加し、太陽から発生する地球上の磁場の変位は、あらゆる分野の通信情報の混乱をもたらし、株価下落など経済成長の大きな妨げとなった。急遽開催された主要二十六カ国世界地球環境会議で採択された地球保全対策は、オゾン再生の原点に返るという理念に基づくものだった。森林伐採及び畜産動物の育成規制の他、車は地上の道路を走行しないという採択である。最終的には条例細則において車両の一般道路走行は厳しく制限され、アウトバーンのみ使用可能と明記された。奇策として車両は地上五センチメートル浮上して走行するホバークラフト車へと移行した。その後車両の開発は急速に進み、EV車の車体は不燃パルプとカーボンとマグネシュームで成形され、その重さはかつての重量の十分の一以下となった。エンジンは小型軽量化が進み、車体はすべて多層型ソーラー蓄電パネルで覆われ、リチュームバッテリーの蓄電率は大幅に増大した。車は風力ターボエンジンを装着し、道路上部を推進するホバークラフト車から空中飛行車へと変遷していった。車両はそれぞれ電気総出力により飛行高さが規制され、上下前後左右の立体マトリックス上の軌道を飛行しなければならない。もはや空に浮かんでいた白い雲の眺めが懐かしい。上空に見えるのは無数の亀の腹部のような車両の底面だった。
西暦二千七十年、飛源十年、穂波順造は地球エネルギー開発公社E・D・Pを満百二十歳で定年を迎えた。その後三年間、公社のボランティア要員として地球環境エネルギーコンサルタントに従事することが内定している。給与は交通費以外ほぼ無給だったが、社内年金の支給により、贅沢さえしなければ通常生活は可能だった。
それにしても長い勤務だった。しばらく休養も欲しかった。在社中にはできなかった趣味などにも興じてみたい。妻十志子と旅行もしたいと思っていた矢先だった。
その年の春、十志子は一ヵ月前から寒気が続いていた。昨夜嵐のように吹き荒れていた風も朝方になると止み、前日霞んでいた遠くのビルが鮮明に見える。午前十時頃だった。野菜と魚と果物など三種類のチューブ入り朝食を済ませ、食後のティーを飲んで一息ついた時だった。十志子はダイニングテーブルに両肘を突きながら、
「あなたごめんなさい」 
「なんだよ、急に」
「私、お先に失礼していいかしら」
「お先ってなんだよ」
「もういいかなと思って」
いいかなと言えば、今や常識となっている細胞更新のことである。
「おいおい、それはないだろう。君も知っている通り、僕はあと数年でリタイヤだよ。せめて・・・」
順造は困惑した。十志子は掌で、すっかり白くなった自分の髪の毛を撫でながら、
「あなたも頭脳はしっかりしているし、私も同じよ。でも身体がついて行かないの。だからいろいろなところへ行ったり観たりできなくなってくるじゃない。そう、確かな感動はそれなりにあるのよ。それでね、私もういいかなと思って。あなたには悪いけどそうさせていただけないかしら」
退職後の楽しみは夢だったのか。十志子はすっかり縮んだ腰を折り曲げながら身辺整理を始めた。子供や親戚友人達と挨拶を交わし、半年後の秋、事前に登録してあったヘブンホスピタル、自己終焉病棟で先に逝った。三年後、順造はE・D・Pを退いた。西暦二千七十三年の春だった。寿命は金で購入できる時代である。更に寿命を延ばそうと希望するならば、IP細胞の体内細胞を更新していけばよい。ただし脳細胞の再生は可能だが、運動機能は脳ほどには活性化できない。心は若くても体力は徐々に衰えていくのである。トレーニングの他、老化していく細胞をアシストする優れたサプリメントもあるものの、順造はもうこれ以上の延命の必要性を感じていなかった。
順造の今欲しいもの、それは、
「AIアンドロイド・・・」

--(2)へ続く--
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キャフェ ド モザのマスターです!コーヒーと庭と花の愛好家です。「モザマスターの日記」を担当しています。
檀桃源です。この窓を借りて「エッセーと古典」をシェアリングしています。

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