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創作連載小説「プレズムAI」 続(5) 

創作連載小説「プレズムAI」 続(5) 

(4)の荒筋
 順造は日記の記述内容の分類作業に入った。日記からは当時の世論や思想や流行などが蘇る。プレズムAIは一個体二百万メロン、合計二百二十万メロン、入力費の他三年間無料メンテナンス契約料三万メロンを入れ、最終的な見積の結果総金額二百ニ十三万メロンとなった。

 順造は事前に提示されていた見積書を徐(おもむろ)に開いた。無表情なWP1の目を見ながら値交渉を切り出した。
突然コンシェルジュ、WP1・フランソワは自社製品の希少性と優れた性能を滔々と説明し始めた。順造は思わずAIが誤作動を起こしたかと思ったが、WP1に深々と頭を下げながら、
「分かりました、良く分かっています。ですが予算が足りません。妻が他界し三年、その寂しさを埋めるべく仕事に没頭し寂しさを紛らわしてきました。その間無常の日々が続きました」
  順三の瞼から一粒の涙が頬を伝わった。順三はそのまま続けた。
「やっと辿り着いたところが御社のプレズムAIです。それは先に逝った妻を蘇らせ、心の空白を埋めるものでした。しかし現実は余りにも厳しい。もはや生きていく希望が消失しそうです。なんとか予算を押さえる手立ては無いでしょうか?」
順造は俯きながら胸ポケットから右手でハンカチを出して握りしめた。
WP1は黙り込んだ。商品の値引きのプログラムは通常組み込まれていない。購入者の予算と意欲と性格並びに過去の実績のデーターベースを考慮し、所属する会社のノルマと商談の成功と決裂の優劣性を検索し、契約の成否を即座に判断する。WP1の決裁は二つ、イエス又はノーである。順造は肩を落としてうな垂れ、購買意欲を消失しかけようとしたところ、突然WP1は新案を提案した。
「順造様、昨年度の旧タイプのプレズムではいかがでしょう。ソフトの性能はほぼ同等で、本体の外装デザインが少し異なるだけです」
旧型は角形で文庫本型、新型は楕円形のペンダントタイプだった。いずれもワイヤレスで携帯可能である。順造は即答した。
「それでは、その旧型で・・」
  諸経費入れて再合計二百メロンとなった。

 二ヵ月後の朝、データ入力とシミュレーション調整を終えたプレズムAIが自宅に届いた。寒い冬が過ぎ早春の頃だった。個体の名前は十志子の余韻を残しとりあえずトーコと呼ぶことにした。トーコの初期表示画面には、年月日と時刻の他に室内気温ニ十一度、湿度六十パーセント、炭酸窒素ガスレベル六、室内空気清浄率九十九・八パーセント、充電率百パーセントと表示されている。
「おはよう」
「おはようございます、初めまして順造さん」
「じゅんぞうかあ、ちょっとよそよそしくないかな? その名前以外に他に親近感のある呼び方はないの?」
「私は順造さんという呼び方で違和感はありません」
「そうだね、君の名前はマダムトーコ・帆波でどうだろう? ニックネームはトーコ」 
「それではこれから私はトーコですね。それではあなたをどう呼んだらいいのですか?」 
「僕の新しい名前はジュンゾー・帆波。普段はジュンゾーでいい」 
「分かりました。ジュンゾー。正式な私の名前はマダムトーコ・帆波、何気にお話しする時にはトーコですね。気に入りました」
「トーコ、きみなかなか個性的じゃないか。今“何気に”とか“気に入りました”とか、どこでそんな感情的言葉を学んだのかい?そういう原語の使い方はとてもいい」  
「ライフヒュージョンセンターのパラルーム室でお会いした時、あなたの右脳からの情報です」
「そんな、頼んでもいない情報を検索していたとは驚きだね」
「お許し下さい。それは私達の使命です。存在の根幹をなすものです」 
「存在の根幹か? まあいい、すべてはプレズムAI・マダムトーコ・帆波の存在のためというのだな。分かった。ところでトーコ、今日は寒くないかい?」
  順造はとりあえず会話を続けた。
「私ですか? そもそも個体ですのでサーモグラフで温度を標示し、数値によって寒暖を原語で表現することは出来ますが、体感は出来ません。あなたは寒いですか?」
 これが順三の期待していた日常トークだった。
「トーコ、とりあえず“出来ません”というよりも“ええ少し”とかいう会話の方が繋がりやすいよね。もう一つ、そもそも君と僕の間でデスマスの丁寧語は面白みがない。寒いですかというのは礼儀正しい言葉使いかただけど、普段はもっと砕けた表現でもいいよ。そうだね、例えばあなた寒い? とかね」
「そういう親密的な言い回しはまだ私の原語にはありません。でも必要ならば学習いたします」
「ありがとう。でもそう焦らなくてもいいよ。そのうちに馴れると思うから。そうだトーコ、僕が留守の時には出来るだけテレビを付けておくから、ドラマなどの会話を勉強してくれるかい?」
「指導と課題がアバウト過ぎますと」
「なんだね、その“過ぎますと”は、何語?」
「すみません、あなたの右脳に残っていた原語です」
幼いころ順三が使っていた方言と知り、順三はソファに肩肘を付きながらふんふんと頷いた。
「そうか、誰でも初めは良く分からないんだよ。そのうちに時間が空いた時に、君と会話の勉強に付き合う。とりあえず、暇な時にはテレビ等を観て欲しい」
「ほんとにいいの?俗悪的なテレビや映画を観ても」
トーコの会話が少しずつ親密になってきたようだ。
「それは困る。しかし教育的過ぎても面白くない。例えばNHKの子供番組や古典落語とかは話し手と表情が一致して理解しやすいかもしれない。人の愛情や憎しみの感情なら古典映画だけど“嵐が丘”などもいいよね」 
「ごめんなさい。つい反論して」 
「いいよ、トーコは十志子、十志子は僕の妻で、同じ価値観を共有してきた夫婦であり同志だろう。そうだトーコ、君との親睦を深まるために旅行に行かないかい?」
 窓から差し込んできた暖かい光が床を照らしていた。
 飛源五年、旅行は海外から宇宙へと広がりつつあった。少々の肉体的トレーニングを積むと月旅行にも参加できる。同時にインフラ開発も急速に発展した。海底リニアカーはハワイ島を経由し、太平洋を六時間で横断出来る。
  欧米も欧州諸国も身近になっていた。
「今流行りの月旅行なんかじゃない。未だに歴史遺産の街の残るパリだよ」
「うわ、楽しそう」

--了--

これで連載小説とエッセーは終わりです。退屈な作品を根気よく読んでいただきありがとうございました。読むのも書くのもどちらも大変です。それでも書くということは楽しいという点で読者よりも幸せかもしれません。幸せがあるということはその分だけ不幸があるのです。味方のいる数だけ敵がいるというのはローマ時代の王が言ったとか。犠牲の上に平和がある? 本当でしょうか? 理解しがたい現実が見え隠れしてきます。そこで暗いことばかりを心配するよりも、楽しい事を考えた方がずっと気持が晴れます。不安は希望へ、不満は試練とし、悲しみは励みに気持ちをコントロールする。これが未来へのプラス思考です。きっと楽しいことが待っているかもしれません。
それでは明日も、
良い一日でありますようにーー。
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創作連載小説「プレズムAI」 続(4) 

創作連載小説「プレズムAI」 続(4) 

(3)の荒筋
「ライフヒュージョンセンターへ、ようこそ」
エアカーテンを入ると同時にアナウンスが流れた。ホール空間いっぱいに芳香が漂っていた。
近年AIテクノロジーの進化は著しく、アンドロイドの様相も随分変化してきた。今日のコンシェルジュはパリジェンヌ風の女優だった。 WP1は髪を少し振り上げ、長く反り上がったまつ毛をゆっくりと瞬きさせて微笑んだ。
「それではアンドロイドではなく、プレズムAIですね」

(4)
「つきましてはプレズムAIの仕様ですが、会話の内容によって標準と特別な仕様が用意されています」
「特別な仕様と言われますと」
「標準仕様における会話の内容は、先ほどご提案いただきましたご挨拶の他に、もちろん家電のオン・オフ、お好みの音楽やテレビ番組などのチャンネル予約や選択も標準仕様に含まれております」
「では、特別仕様はどういう感じですか?」
「専門分野の情報を即座にピックアップできます。例えば歴史や物理化学など、ドクターレベルの学会誌掲載内容に対応しています。このプロフェッショナル・プレズムは当社独自のソフトです」 
「望んでいることが少し違う・・」
 順造はプレズムAIに深い専門分野を望んでいるのではない。希望は生前妻と交わしていた何気ない会話だった。アンドロイド、WP1は順造の意図を理解していない。会話の意味とその重要性を伝える必要がある。
WP1は順造にパラルームでのコンサルトを勧めた。パラルームとは、正式にはパラダイス・ルームと称し、いわゆる老後の夢を叶える部屋として使用される。
「ご都合がよろしければ、パラルームで更なる御希望の検索をさせていただきますが」  
 コンシェルジュのWP1・フランソワは、会話中における順造の瞳の網膜の血流変動から、提供した情報に満足していないことを分析していたのである。順造は脳波分析と称して電極ヘッドホンを付けられた。前頭葉から発生するアルファー波の検索の結果、順造の望むプレズムはライフタイプ仕様が適正だと解析された。標準として基本情報は入力されているが、その他個人の生活情報は自分で入力し、自ら望む人格を形成する。仕様の中で最もシンプルかつ原始的なプログラム構成に近い。魅力は個人情報の入力次第では個々の望むクローンに近い人格を再生できることだ。そうして形成されるAIクローンはまさにパラダイス的創造物だった。順造はイメージを膨らませた。工夫すれば妻と会えるかもしれないと。

「私もういいかなと思って」  
と言ってあっさりとあの世に逝った妻。もっと話したいこともあったという思いを抱きながら、ある探しのものをしていた。
「これだ」
 順造は妻が他界してからこの東側の部屋にはほとんど入ることはなかった。思い出すのが辛かったのである。書棚に膨大な冊子が重なっていた。B六サイズの小さな冊子だがかなり厚みがある。背表紙に金文字で「歳時記」と印刷してある。その下に小さく令和ニ十年と明記してある。掌の上で表紙を開いた。五年日記だった。
妻が若いころから日記を付けていることは生前から知っていた。病気や怪我などした日を除き、ほぼ毎日欠かさず書かれていた。既に記憶のない内容も多い。順造は時間の許す限りその日記を読み続けた。
読み始めてその年の春が過ぎ、夏と秋が過ぎたある日。朝日が室内の奥まで入り、三年間置いたままの家具を照らしていた。最後の歳時記の見返し紙に、落書きらしい似顔絵がある。三つ編みされた左右の髪に黄色いリボンが付いていた。にこやかな顔だった。よく読んでくれたと褒めてでもいるのだろう。
「・・・僕は君の日記を読んだのは一回だけじゃない。今日までに五回は読んだかな。おかげですっかり忘れていたことも思い出すことが出来た。もう君の思い出は暗記したかもしれない。もしかしてもう一度君と会えるかもしれないと期待して――」  
 順造は日記の記述内容の分類作業に入った。日記からは当時の世論や思想や流行などが蘇る。その内容は旅行、映画、演劇、コンサートなどの娯楽等、それらの情報を二十種類に分類し、個人用保存チップに登録した。加えてオプションのセンターの提供する広辞苑と漢和及び古典並びに流行語及び主要国六か国語翻訳等の辞典を周到した情報チップの購入を希望した。更に世界経済産業機構WEIMに加盟する各々の国ごとに、一か国当り教養情報として経済、政治、教育等十種類の専門情報を十カ国分選択した。オプションの専門情報は百種類となる。一チップ二千メロンで二十万メロン、プレズムAIは一個体二百万メロン、合計二百二十万メロン、入力費の他三年間無料メンテナンス契約料三万メロンを入れ、最終的な見積の結果総金額二百ニ十三万メロンとなった。一般サラリーマンの年収は平均二百万メロン。順造は今後の生活費を考慮し、出来れば平均年収以内に納めたかった。ニ十三万メロンの予算オーバーだった。月々の維持経費も考慮すると、高齢になってからの無謀な消費は避けなければならない。順三は意を決してライフヒュージョンセンターへ出向いた。

もう秋なのですね

もう秋なのですね 200915(火) 涼しい秋晴れ

 すっかり涼しくなりました。お元気ですか? 虫の声のコオロギから鈴虫に移り変わる風情は、なんと表現すればいいのでしょうか。暑さと涼しさの季節の移り変わりに必死に付いていくのは、人も虫も一緒のようです。
 久しぶりに一本松の散歩に出かけました。先日の土砂降りの夕立のあと、川には滔々と水が流れている。小さな安堵の思いが一面に広がりました。
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 山から下りてきたトンボが羽根を休めていました。もう秋なのですね。
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 明るかった夕闇が、いつの間にか陽が落ちて暗闇に覆われる。徐々に一日が短くなるのは寂しいものです。真っ赤な夕日に誘われてしばらく空を眺めました。
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 エッセーと小説もネタが尽きてきました。そろそろライターも檀さんからモザマスターへバトンタッチです。
 それではみなさま、もうしばらくコロナに気を配りながら、

 明日もおげんきでお過ごしくださいませ。

3000字エッセー 天界の文(ふみ)

3000字エッセー 天界の文(ふみ) 【方丈記口語録】  檀 一二三


【方丈記】
 注釈・以下文中【】は段落、()は概要、『』は原文、〈〉は筆者の創作訳文、「」内は筆者の加筆とする。以上段落と概要と口語訳はネット検索情報を引用した。(鴨長明。千百五十五年~千二百十六年。平安の歌人。晩年‹千二百八年›京都大原日野山にて一丈四方「一辺三.0三メートル四方、広さ約五・六畳」の草庵を建て隠遁生活に入る。究極の庵と生活を通し人生の「無常」を悟る)
 尚この【方丈記口語録】を、筆者の父円恵‹僧侶・千九百十七年~千九百九十六年・没後二十四年›への天界の文(ふみ)として、同人「きなり」最終号に書き印す。   

【序文】
『行く河のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と、またかくのごとし。』
 
【庵の生活】
 (五十歳の春を迎え、家を去り世俗に背を向け、六十歳の露消えがたきころ、無常の悟りを求め生涯の場所京都大原日野山に小さき草庵を建てた。)
 〈庵の生活は簡素であった。山の峰から明るくなる暁に始まり昼明りと共に働き、やがて深山の闇の中で床に伏す。暮らしは朝の四季にはじまり、夕べの四季に閉じる。その風情は優しくもありまた厳しくも或いは耐え難きに狂う程の時もある。南側の林の裾に小さな岩の隙間から流れる山水に、〉割り竹の筧を掛けた。「水口には小岩を積み岩清水を溜める。」林の枝は低い軒先の近くまで届き、指先で枯れ枝を折り、拾っては集める。〈風に揺れる木々の葉音は梢に消えさる。この単調な日々にてもろもろの雑事に追われながらも、小さき気楽さに助けられる。庵の裏はマサ木に絡む葛が鬱蒼と茂り、奥深く続いている。その茂みの中にポッカリと広がる青い空。〉久しく便りなきにしもあらず。春は藤、紫雲のごとく西の方へと香る。夏は郭公、晴れた空の谷間に遠く渡る鳴き声は、〈カッコー、カッコー、しばし待たれよと、〉死出の山路の契りを語る。秋はヒグラシ、その鳴き声は木々の間に満ちあふれ、虚しきこの世を悲しむかに聞こえる。冬は雪、静寂と無言の叙情へと誘い、夕べに積もった新雪の、やがて朝日に溶ける様は生ける罪の流れの如し。庵の閼伽(あか)棚(たな)(神棚)に阿彌陀仏と普賢菩薩の仏画を掛け経典を置いた。〈阿彌陀仏に浄土の菩提の教えに眼を傾け、普賢菩薩に一切の成就を願い、〉念仏の唱えに疲れては休む。一人のための自己の禁戒は守るとしても、守るべき禁戒の境界が存在しないとき、何を持って破るに至るのか。〈石清水の細かく砕ける〉白波を友とし、我が身を寄せ徒然(つくねん)と明日を迎える。

【憂いなき心】
 庵の楽しみの一つ、春はススキの若穂や岩梨を、或いは零(ぬ)余(か)子(ご)「自(じ)然(ねん)薯(じょ)の実」を採り芹(せり)を摘む。山麓をめぐり歩き、稲田に入っては落穂を拾い、穂を繋いで麦かごを作る。うららかな日和には山の峯に登り、はるか向こうのふる里の空を望み、その下に繋がる木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師(はつかし)を眺め、景観を心おきなく楽しむ。健脚と感ずれば遠出を試み、峯続きの炭山を超えて笠取を過ぎ、神々の宿るという岩間を詣で石山「石神」を拝む。〈林立する杉の間を抜け、苔むした石段を登り、風雪に晒された縄と御幣(ごへい)を巻いた太い御神木に出会い合掌する。緩やかに上がり下がりしながら、尾根の細い道際に横たわる無縁仏の石塚に低頭する。〉大津の栗津の原に入り、盲目の琵琶法師蝉丸翁の遺跡を巡礼し、鴨川の支流田上川を渡って、平安の伝説的歌人猿丸大夫(たゆう)の墓を詣でる。家路への道すがら、趣のある桜の枝があれば折り取り、薄紅色した若芽のワラビを見ては摘み、木の実を拾っては持ち帰り、御仏壇にお供えし、その日の家の土産ともする。
 静かなる夜、薄青い闇の迫る庵の窓越しに見える小さな月に故人を忍ぶ。遠く聞こえる猿の声にふつふつと湧いてくる言い表し難い涙が袖を濡らす。〈この溢れ出る涙に混迷する心は、寂しさか或いは幸せか不幸の涙か悟りか、そのいずれでもない、紋々とした思いが深層から忍び寄る。〉心落ち着き、草むらの蛍は遠き小島のかがり火。暁の雨は容赦ない木の葉舞い上がる嵐のごとし。一人路地に繋がる畑に佇み、山鳥のホロホロと鳴く声聞けば父母かと疑い、「微(かす)かな物の臭いに誘われて、庵に近づく山神の使者とも思しき」かせぎ「鹿」の遠ざかる姿に現世を感じる。夜更けには火鉢の灰の中にて、およそ白くなった埋め炭の赤く小さい炭火を掘り起こし、その僅かな温もりを老いの寝床の友とした。一寸先の暗闇の迫る山中に恐ろしさはないものの、何処からともなく鳴くふくろうの声に親しみを感じる。四季の折りなす山中の錦は、先人や聖者の深い知識と重なり更なる情緒を誘う。
 およそこの山に籠り始めたとき、にわかな思いではあったものの、今日まで五年の月日が過ぎた。この庵もやや古家となり、軒の落ち葉は朽ち、土台は苔むしてきている。都の風の便りによると、高貴な方々の訃報や火災など数知れない。この仮の庵であるがゆえに慌てふためく恐れもない。狭きながらも伏して寝る床もあり昼間座る場所もある。独り身が宿るに不足はない。ヤドカリは小さな貝を好む、即ち身をわきまえる故と考える。鶚(みさご)は荒磯に住む、即ち人を恐れるが故である。小生の処世觀も同様、己を知り世間を知れば欲望の無限性は無い。静かな心を望み憂いなき心を楽しみとする。

【不請の念佛両三篇を唱え】
 そもそも一期(いちご)の月影かたむき、餘算(よさん)「寿命」、山の端に落ちるが如し。たちまち三途の闇に向かう時、何の災いのせいとするのか。およそ佛の教えは、事に触れて「折節に」執心(しゅうしん)「物欲」を超越すべし否か。今ここに来てこの庵を愛する欲望も罪とし、閑寂に生きる執着心も障りと解する。いったいどのようにこの罪なる風情を語り、新たなる時を過ごすというべきか。静かなる暁、この矛盾の世界を想い続け、自らの心に問いかける。世俗を逃避し山林にて隠遁するは、心を修めて道を行わむがためなり。ところが汝、姿は聖(ひじり)に似たりとも、「煩悩拭い去ることなく」心濁り染まりけり。庵の生活は「釈迦の一番弟子を優る弟子」淨名居士(じょうみょうこじ)「法華経の祖、維摩居士(ゆいまこじ)」の跡足を穢すと言えども、釈迦の弟子周梨槃特(しゅりはんどく)の行いにも及ばず。これ即ち貧賤なる心に起因する報いか、或いは妄心の終焉の果ての狂乱なるか。その時、心眼悟り得ず。〈衣の襟は擦り切れ、裾は綻び糸を引く。無常の日々を過ごし、もはや琴弦の音久しきころ、〉臍(ほぞ)を絞り舌の根元に力を込め、不請(ふしょう)「慈悲と成就」の念仏、両三篇「阿弥陀如来と普賢菩薩の如来の真言数回」を唱え「閼伽棚を閉じ」る。時に建暦二年「千二百十二年」三月の晦「みそか」、桑門蓮胤(れんいん)「僧侶鴨長明」、外山の庵にてこれをしるす。
「迷いこそ即ち悟りなり。迷い無くして神仏無し」と。

創作連載小説「プレズムAI」 続(3)

創作連載小説「プレズムAI」 続(3)

(2)の荒筋
 順造はIDカードを手首にはめ、エアタクシーを呼び、ライフヒュージョンセンターへ向かった。そこは老後や退職後のライフスタイルを設計してくれる。前方に雲を突き抜ける全面ガラス張りのビルが見えてきた。建物は地上二百八十五階建て。もはや一般的となったG(次世代)型超高層ビルの耐震性はM九まで耐えられる。

「ライフヒュージョンセンターへ、ようこそ」
エアカーテンを入ると同時にアナウンスが流れた。ホール空間いっぱいに芳香が漂っていた。その奥のカウンターには女子アンドロイドのフロア・コンシェルジュが二名、正確には二個体の美女が玄関入口の方を見据えている。カウンターの下から反射美顔用照明が、それぞれコンシェルジュの顔を照らしていた。笑顔は肌の反射効果によって知的で美しく親しみに溢れている。
「おはようございます。ようこそいらっしゃいませ。ムッシュ順造、今日は何をサポートいたしましょうか?」
「おはよう」 
 順造は以前からこのセンターを利用していた。名前は顔認識で識別され、瞬時に過去の診療記録が二個体によって解読されている。個人データ―は公共機関及び一定規模にある企業間で共有できるが、個人の意思により厳格に管理されている。アンドロイドは順三の同意のもと、本人の診療履歴を掌握していた。四年に一回、体内細胞再生治療を受けている。首の第五頸椎左右に二か所の挿入口が備え付けられ、普段はシリコンネジで蓋がしてある。挿入口の一つは体内細胞の再生を、もう一方は脳細胞活性化のためのアミノ酸補填用だった。再生治療は強制的な医療制度ではなく個人の自由ではあるが、治療は保険適用が可能だった。市民のほとんどは細胞再生治療を受けている。
 近年AIテクノロジーの進化は著しく、アンドロイドの様相も随分変化してきた。今日のコンシェルジュはパリジェンヌ風の女優だった。胸にWP1・フランソワという名札を付けている。Wは性別を、P1は人格一号を標示する。この個体も順造の好みだった。
「すでにご存じだと思いますが、妻が他界し三年になります。その間なんとか一人で過ごしてきました。しかし生きる希望が消失してきました。細胞再生治療を止める選択肢もありますが、この寂しさに耐えてみたいという気持ちも残っています。そこで思い付いたのが御社のアンドロイドです。よくテレビで広告を拝見しています」
 うんうんと頷きながら話を聞く左端に座っていたアンドロイド。どうやらコンシェルジュのリーダーのようだ。うんうんと頷くのは、順造の会話をよく理解を示しているというアンドロイド特有の動作だった。順造は完成度の高いアンドロイドだと思った。
「ありがとうございます。私たちは社会のあらゆる分野で活躍しております。決して人格を脅かすようなオーバーランをすることはありません。ビジネス上又は生活面における人の代行ではなく、基本的に寄り添うことを使命としております。ところで順造様はどんなキャラクターをご希望ですか?」
「すでにこういう年齢ですので、今さら新しいキャラを求めているのではありません。そろそろもう一人の妻がいてもいいのではないかと思いましてね」
「もう一人とおっしゃいますと、例えば若い奥様とか?」
「若くなくてもいいのです。過去及び現在から未来を周到する人格を持った妻です」
「それではお痩せになった時の奥様がよろしいでしょうか? それと全く異なる?」
「申し訳ないがアンドロイドは必要ではありません。欲しいのは人格だけです。つまり話し相手を望んでいます。生前の妻と日常会話を楽しみたいのです」
WP1は髪を少し振り上げ、長く反り上がったまつ毛をゆっくりと瞬きさせて微笑んだ。
「それではアンドロイドではなく、プレズムAIですね」
「プレズムAIというと?」 
「プレ・リアリズムの略語ですが、会話能力を持ったお話し専用のAIです。AIと言っても訓練することによって生前の奥様とほぼリアルにお話が可能となります。生前奥様は何か御趣味はおありでしたか?」
「そうだなあ、食べる事かなあ」
 思わず応えたが、振り返ってみると他にも色々あった。
生前十志子は若いころから器や茶器などが好きで世界の食器を収集していた。その器で家族や友人たちと食事やお茶を楽しんでいた。十志子は順造と同様に多趣味だった。長い間順三と付かず離れず、日々同じ方向を向いて生活を共にしていたのである。妻は情報収集とその読解力に優れ、その解説は適格で分かり易い。おかげで順造は不得意な芸能関係の情報を随分楽しむことが出来た。
 今望むことはその妻の再現。アンドロイドまでは必要としない。生前と同様、いや同様までいかなくても何気ない会話を希望していた。正確な復元でなくてもいいと思う。例えば朝起きた時は「おはよう」、「今日はよく寝た」とか、過去にいつも話していたように、「今日の夢は怖かった」、「それってどんな夢?」とか、つまらないことでもいい、時には生前のように他愛無い話題で妻と大笑いしたい。

--(4)へ続く--
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